ポルノ・買春問題研究会
論文資料集10
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<解説>

この論文は、1987年4月6日にニューヨーク大学ロースクールで開かれたシンポジウム「性的リベラル派と、フェミニズムに対する攻撃」での報告を集めた同タイトルの論文集の冒頭に収められているものであり、性的リベラリズムに対する総括的な批判となっている。なお、この報告集にはアンドレア・ドウォーキンの「女性憎悪――右と左」という論稿も含まれている。原注は省略(ただし重要な注は本文に括弧で挿入した)。

 Catharine A.MacKinnon, Liberalism and the Death of Feminism, in The Sexual Liberals and the Attack on Feminism, ed. by Dorchen Leidholdt and Janice G.Raymond, Pergamon Press, 1990. 

内容

 かつて女性の運動が存在した。私が最初それについて聞いたのは、『ラット』の解放号を通じてである。それは、ロビン・モーガンと勇敢な女性たちの一団が、彼女らの働きかけていた地下新聞を乗っ取ることによって発行したものである。私が解放された『ラット』紙から学んだことは、女性を平等な参加から排除するもの、女性の声を踏みつけるもの、女性の貢献を沈黙させるもの、女性を真面目に取り扱わないもの、女性の保護者ぶるもの、その他何であれそれに類するものは、少なくとも公然と非難されなければならないし、最良の場合には奪取して変革しなければならないということであった。その時私は、フェミニストが『ラット』を検閲したなどという話は聞かなかった(疑いもなく、一部の人はそう思っていたはずなのに)。私にとって、それは言論だった。

 そのとき、社会的な基盤にもとづいた批判――自然や神でもなければ、国会にもとづくものですらない批判――を行なう女性の運動が生まれた。その運動は、レイプのような行為を女性に対する男性の暴力であり、性的テロリズムの一形態であると批判した。それは、戦争を男性の射精行為の一種であると批判し、既成の結婚と家族を男性的特権の制度的るつぼとして批判し、膣オーガズムをマス・ヒステリーの生き残りのための反応であると批判した。それは、「能力」なるものの既成の定義を、暗黙のうちに性的偏見と階級的偏見と人種的偏見とにもとづいたものだとして批判した。それは、おとぎ話をすら批判した。

 この運動がレイプを批判したとき、その批判の対象は、レイピストであり、レイプを単なるセックスとみなす見方だった。この運動が買売春を批判したとき、その批判の対象は、売春業者(pimp)であり、買春客(John)であり、女はセックスを売るために生まれてきたという見方だった。この運動が近親姦を批判したとき、その批判の対象は、その行為を私たちに対して行なう連中であり、私たちの無防備さ(vulnerability)と強いられた沈黙をセクシーなものとする見方だった。この運動が妻や恋人に対する暴力(バタリー)を批判したとき、その批判の対象はバタラーであり、暴力は愛情の強さのあらわれとみなす見方だった。この運動がこれらの諸行為を批判したとき、被害者を非難しているのだと考えた者は誰もいなかった。

 それはまた、さまざまな神聖化された概念を、女たちの物質的存在、私たちの置かれている現実の観点から批判した。たとえば、「選択」といった概念がそうである。この運動は、物質的諸条件が私たちの選択の99%を排除しているときに、残された1%――つまり私たちが現在していること――を私たちの選択と呼ぶことに意味はないということを知っていた。この運動は、「同意」という概念にも欺かれなかった。力の行使がセックスの一部であるのが普通であるときには、「ノー」が「イエス」のしるしだと解釈されるときには、恐怖と絶望が沈黙を生み沈黙が同意にとられるときには、同意が意味のある概念ではないということを、この運動は知っていた。

 この運動はまた、私たちが取り上げ自分たちのものにした概念さえも批判した。たとえば、「平等」という概念がそうである。これまで平等を定義してきた方法は、無意味な「対称性(symmetry)」や空虚な「同等性(equivalence)」にもとづいているだけでなく、それが男性基準にもとづいて定義されていることを運動は知っていた。男性と同じであるとか、あるいは男性と異なるなどと言われる場合の限界というものを心得ていた。男性と同じであると言われるときには、男性の基準に等しいということであり、男性と異なると言われるときには、男性の基準と異なるという意味なのである。この運動はこう言った。それが平等なら、そんなものはいらない、と。

性的自由

 この運動は、自由、とりわけ性的自由という概念を批判し、それが虐待する自由を覆い隠すものであることを暴露した。権力を持った人間が自らの女性抑圧を自由として擁護するとき、彼らが擁護しているのはその権力の快感なのである。この運動は、こうした「抑圧する自由」を批判したのであって、このような「自由」が多ければ多いほど女性は自由であるなどとは考えなかった。
 何人かの大胆な精神の持ち主は、「愛」をも批判にさらし、それは、女性を抑圧につなぎ止める自己消滅(self-annihilation)への渇望であると言った。そしてついには、多大な犠牲を払うことになったが、何人かの人々は、セックス@@女性従属の戦略と実践としての性交(intercourse)の制度を含めて@@を批判した。

 これらすべての批判に含意されているのは、男性のヘゲモニー戦略としての「抽象化(abstraction)」に対する批判である。この運動は、女性が実質的にどの地点にいるのかを知りたいと常に欲していた。女性の「選択」はどこにあるのか? 女性の「同意」はどこにあるのか? 女性の定義する平等はいったいどこにあるのか? 女性にとって自由とはいったい何を意味するのか? この運動の中で私たちはあるがままの男性的現実を批判し、常に、女の部分(piece)に食い込んだ男のもの(prick)を探求した。「抽象化」という概念操作が、実際に私たちを支配しているジェンダー化された現実を覆い隠していることを私たちは発見した。このことにもとづいて、この運動は、女たちの生(life)を支配している男性的現実に対し、そしてこの現実を男性による支配でないように見せる「抽象化」のメッキに対し、系統的で、容赦のない、深く物質的に基礎づけられ、経験的に厳密な批判を展開した。そして、この過程の中で、人種、階級、性的抑圧という三者の間の深い結びつきを暴露し、その結びつきを、付録や脚注や単なる列挙としてではなく、追及した。なぜなら、それらは本質的なものだったからである。この運動こそが、あらゆる問題は女性の問題であり、あらゆる場所は女性の場所であると語ったのである。

運動

 ミスアメリカ・コンテストと殺人ポルノ(Snuff)に対する反対運動を行ない、この両者の間にある結びつきを理解したのも、この運動である。使用(use)としての性的客体化と虐待(abuse)としての性的客体化とは、同じ問題の二つの顔であり、どちらの論理も人間(person)を性的モノ(sexual thing)にすることであるのを、この運動は理解していた。ミスアメリカ・コンテストは「前戯」であり、女性を玩具に変える。殺人ポルノは「絶頂」であり、女性を死体に変える。

 女性をモノ扱いするポスターに果敢な攻撃を加えたのもこの運動である。それは行進し、請願し、組織し、ウォールストリートを震撼させ、ペンタゴンを浮き足立たせ、裁判を起こした。それは、手に入れることのできるあらゆるものを用い、モニク・ウイティッグの言葉を使うなら、そうできなかったときには、自ら編み出した。
 私たちは、どうして、これらすべてのことをしたのだろうか? 思うに、私たちがそうした行動をとったのは、私たちが女性に価値を置く運動だったからである。女性が重要だった(Women mattered)。私たちはその点については自己弁明などしなかった。女性の権利が侵害されたとき、この運動はその女性を擁護した。個人的にも集団としても、すべての女性のための、女性によるシェルターとグループを組織し、発足させた。バタード・ウーマン、近親姦のサバイバー、売春女性、等々。私たちがそうしたのは、これらの女たちが社会によって「悪女」と考えられたからではないし、犯罪者であるとみなされたからでも、忌み嫌われたからでもない。私たちがそうしたのは、彼女らになされたことが私たち一人一人に向けられた権力の構造的な行為であるからであり、ただ彼女らがその矢面に立たされただけであることを理解していたからである。これは、被害者へのセンチメンタルな自己同一化ではなかった。私たちは、彼女らになされるあらゆることは、私たちにもなされうるし、実際になされているし、今後もなされることを知っていた。彼女らは私たち自身でもあったのだ。

 この運動は、あらゆることにおいて女性の側に立った。あらゆることについて、この運動はこう問うた、「それは女性にとっていいことなのか?」。一人一人の女性の問題は何らかの点ですべての女性の問題であった。人権を侵害されたどの女たちも、私たちにとっては最優先課題だった。この運動はすぐれて集団主義的な運動であった。この運動において、「私たち女性は」と語られるとき、それは中身のない言葉ではなかった。これは、私たちすべてが、この共通の条件の一部であるためには同じでなければならない、という意味ではなかった。実際この運動は――そしてこれはこの運動の特質であり、その希有な貢献の一つであったのだが――、共通性と同じぐらい多様性に立脚した団結を前提としていた。それは、共通性(commonality)とは同一性(sameness)のことであるという立場には立っていなかった。

 この運動の中で、人々は、日常生活の中でこそ勇気をもって行動する必要があること、フェミニズムとは、よりましな取引でもなければリスクのない保障でもなく、敵意に満ちた現実の課すディシプリン[自己の生活や行動を律する指針、掟、規律のこと]であることを理解していた。「個人的なことは政治的である」という言葉は、何よりもまず、私たちが日々なすことが重要だということを意味した。それは言行の一致を意味した。「個人的なこと」と日常とは、私たちの変革の対象である政治秩序の一部であり、私たちの政治的アジェンダの一部であると理解された。「個人的なことを政治的とみなす」とはけっして、自分を性的に興奮させるものを自分の推進する信条の基礎にするということを意味しはしなかった。
 私たちはまたすべての女性に対する責任を感じ理解した。私たちは、女の不可視性に反対し、女の尊厳を主張した。そして、女性を犠牲にして己れの優位性を主張するあらゆるものに疑問を投げかけた。そして何よりも、この運動は変革を信じた。それは、言葉、コミュニティ、精神と肉体と心、身体性と知性の定義、左翼と右翼の意味、正邪の意味、権力の形態と本質を変革しようと意図した。
 順風満帆とはいかなかったが、それでも私たちはこの運動をやってきた。それは、この地球の顔を変えることを意図していた。その必然性をこの運動は理解していた。そして何よりも、それは、私たちが今なお、私たちの必要とするものを手に入れていないこと、それでもいつかそれを手に入れることができることを知っていた。

法の下の性的平等

 私はこの運動から、私の知っているあらゆることを学んだ。
 その後、何かが起こった。あるいは、起こり始めた。いや、とっくに起こっていたのだが、私たちの一部はそれを見過ごしていたのだ。初めて私がそれに気づいたのは、平等権修正条項(ERA)をめぐってである。私たちは次のように言われた。どうせ法のもとの性的平等は実際にはたいしたことをしないだろうし、何ものも@@少なくとも基本的なことは何も@@実際には変えないだろうから、私たちはこのような憲法修正条項を持つことができるし、持ってもよい、と。運動が、男性による女性の普遍的で基本的な抑圧と搾取とみなしていたものは、「法による『性にもとづく区別(sex-based classifications)』」と呼ばれるようになった。突如として、この「性にもとづく区別」が、性的平等の変革すべき対象となった。このような性的平等観にもとづくなら、私たちに与えられるのは、男性と同じになるという選択肢(左派の選択肢)か、男性と異なるという選択肢(右派の選択肢)のどちらかであろう。

そして私たちはこう言われた。左派の選択肢の方が明らかにましであり、それこそが真の平等にいたる唯一の道である、と。こうして、いわゆるジェンダー中立性は@@女性に対して何がなされ、誰がそれをするのか、ということを無視しながら@@フェミニストの立場を条件づける基準となった。

だが、このようなERA観にもとづくなら、どちらにしてもそれは男性の基準であり、どちらにしても運動が意図した平等とは違うにもかかわらず、誰かがこの事実に挑戦しえたという話は寡聞にして知らない。このような分析にのっとったERA戦略では、明らかに、性的平等は階層的な既成秩序(status quo)に対する脅威とはなりえないし、すでに実在しているとさえ言えるだろう。

このようなアプローチは、私たちが対決すべき対象を男性至上主義(male supremacy)であるとはけっしてみなさない。かくして、フェミニストたちが、一方では切実に性的平等を求めながら、他方では性的平等の重要性を熱心に否定するという、途方もない光景――率直に言わせてもらえれば、屈辱的な光景だと思うが――が展開されることになったのである。

中絶問題

 次に私は、この進行中の事態と中絶の問題とを結びつけるようになった。女性の運動は、公的なものと私的なものとを区別するラインを批判し、私的なものとは女性の従属の第一の領域であるとみなしていた。だが、「ロー対ウエイド」裁判は、中絶の権利をプライバシー権として非犯罪化した。「私的なもの」が私たちの公的条件を覆い隠すものであることを知っていた運動は、突如としてこう言われた(そして自らそう言うようになった)。中絶権はあの「私的なプライバー」に対する権利と同じである、と。この運動が理解していた事柄を忘れるならば、このような権利もいいものに見えるだろう。ちょうど、男性と同じであるということがいいことであるように見えるのと同じように。男性、とりわけ異性愛の白人男性は、ジェンダー中立的な世界に住んでいる。

それは、女性の住んでいる「性に特定的な(sex-specific)」世界にくらべて格段にましである。男性はプライバシーを持っている。おそらく女性も少しはそれを持つようになれば、多少はましであろう、というわけだった。

だがその後、「ハリス対マクレー」裁判がやってきて、中絶の費用を負担できないすべての女性に公金を支出することを拒否する判決を下した。この判決は、とっくの昔に私たちが知っていたあの「私的なもの」の論理を浮きぼりにした。費用が出せないなら、あきらめなさい、さもなくば、他の手段を使っておやりなさい、という例の論理だ。

これが権利と呼べるものだろうか? コート掛けは権利ではない。その論理によれば、政府、すなわち「公的なもの」には、それが介入するべきではない領域、すなわち「私的なもの」に公的資金を出す義務はないということになる。中絶の非犯罪化が投獄よりもましではない、と言いたいのではない。そうではなく、私的領域における性的不平等を問題化することなく中絶権をプライバシー権として確立することは、性的平等がすでに存在しているという前提を置くことになる、と言いたいのである。

プライバシー権

 プライバシー権というものが男性至上主義的な性質を持っているのではないかという疑いは、私たちの一部が気づいた他の事柄によってさらに助長された。それは、プライバシーの名のもとにペニスをアナルに挿入する自由が、ホモフォビアに対する批判とミソジニーに対する批判とを結びつけることなく、「ゲイとレズビアンの権利」の旗のもとに女性にとっての優先問題になったことである。このソドミー裁判において、ジェンダーも、ましてやジェンダーの不平等も、まったく批判の対象とはされなかった。

性差別禁止法

 この疑いが性差別禁止法にまで追求されたとき、さらなる困難が現われた。たとえば、「シアーズ対EEOC」事件というごくありふれた性差別裁判がそれである。シアーズ社では、給与の高い職務において、長期にわたって男女間の大きな格差が見られた。それは大規模な統計的格差であり、雇用機会均等委員会(EEOC)はシアーズ社を訴えた。ある女性(フェミニスト)は、これはシアーズ社による差別の明白な証拠である、なぜなら女性は、男性が雇用から得たいと思っているのと同じもの――たとえばお金――を欲しているからである、と証言した。別の女性(やはりフェミニスト)は、これは必ずしもシアーズ社による差別の証拠とは言えない、なぜなら女性は、男性が雇用から得たいと思っているものと違うものを欲しているからである、と証言した。

ジェンダーの差異はこの統計的格差と一致している、なぜなら女性は、女性であるがゆえにより給与の低い職務を選んでいるからである、というわけだった。

 したがって、上層部に男性が固まり、底辺に女性が固まっているとすれば、問題は、この2つの理論のいったいどちらが最もよくこの現実を説明しているのか、である。すなわち、女性は男性と同じであると語る理論か、女性は男性と異なっていると語る理論か? 明らかに、後者の理論である。とりわけ、あなたが、女性は自分の欲することをしており何であれ欲する自由があると信じている場合にはそうである。

しかし、その場合でさえ、女性の運動は次のようにはっきりと断言した。すなわち、シアーズ社の立場は@@たとえフェミニストの口を借りて語られようと@@、女性を底辺に押しとどめる抑圧的な既成秩序を正当化するものであり、フェミニズムの名においてそのような正当化を試みることは裏切りである、と。

 ついで、ベッドに戻るよき日がやってきた――ベッドがあなたにとって安全な場所ならばの話だが。その日、私たちは一部のフェミニスト・グループから次のように言われた。女性に妊娠休暇を保障することは性差別の一形態であり、そのようなことを認める法律は公民権法第7編を侵害している、と。この問題をめぐって開かれた連邦最高裁に意見書を提出したフェミニスト・グループの中で、女性に妊娠休暇を与えないことは性差別であるとはっきり言った者は誰もいなかった。公民権法第7編をたてに女性に妊娠休暇が拒否されるとすれば、それこそが憲法違反の性差別である、と言った者は誰もいなかった。このような権利剥奪によって不利益を被るのはすべて女性なのだから、それこそまさに性にもとづく差別であるのに、そのようにずばり指摘した者は誰もいなかった。

 実際には、連邦最高裁は、いかなる女性グループの意見書よりも的確に、自らこの点をはっきりと指摘した。すなわち、最高裁は基本的に、女性に妊娠休暇を保障することは性差別ではなく、性的平等であると語ったのである。

女性が仕事のうえで必要とするものを獲得することこそ、性的平等の意味するものである。つけ加えて言うと、この判決は、黒人のサーグッド・マーシャル判事によって書かれた。そしていったん彼がこの判決を下すと、一部のフェミニスト・グループは拍手を送り、かつて自分たちが反対したものを自分の手柄にしてしまった。

 さらに続いて、サドマゾヒズムに関する論争が起こった。この論争をかつてくぐったことのある人なら、この論争が女性運動に対して持った破壊的意味を見落とすことは困難である。ここで私が強調したい論点は、私たちが性的虐待を含むセクシュアリティをめぐる論議において「私たち」と語る資格、および、その言葉に何らかの意味を持たせる能力にかかわっている。私の見るところ、サドマゾヒズムを、女性の最高の愛情として、女性の最終的運命として、そして、女性が自分の欲することを本当に実行したならばするであろう行為として称揚することは、次のことに、すなわち、もし女性が、昔から無理やり押しつけられてきたのとまさに同じ行為――つまり屈従――のうちに性的快感(sexuality)を経験するとすれば、それはどうしてなのか、ということに対する批判の欠如にもとづいている。しかし実際には、女性はたいていの場合、サドマゾヒズムの政治を拒否してきた。しかしそれにもかかわらず、サドマゾ弁護論の影響は継続し、それははなはだしく破壊的な効果をもたらした。セクシュアリティの論議において、女性たちはもはや「女性は」とは言わなくなり、「私個人として言わせてもらえれば……」と言うようになった。

サドマゾヒズムをめぐる論争以降、性的な領域で「私たち女性は」というセリフはタブーになった。それは道徳的泥沼にはまりこみ始め、私たちに残されたのは、政治的に、セクシュアリティの個人主義的分析だけとなった。けっして社会への順応などにではなく抵抗にもとづいていた集団性は掘り崩された。

 私たちの一部が気づき始めていたあらゆることが、ポルノグラフィをめぐる論争で爆発した。みなさんの多くが知っているように、アンドレア・ドウォーキンと私は、私たちがその一部であると考えている女性運動の政治学にもとづいた条例を考案し起草し、それを、同じ暴虐のもとにある人々とともにそれを実地適用しようとした。それは性的平等の法であり、公民権法であり、この条例は、写真・画像・絵や言葉を通じて女性を性的に従属させること、女性の身体を性的に取り引きすることは、女性の公民権を侵害すると述べている。

 これはフェミニストの観点から行なわれた。すなわち女性が重要だった。なぜなら、私たちは女性に価値を置いているからであり、抑圧を批判するだけでは十分ではなかったからであり、抵抗のゲリラ活動に従事するだけでは十分ではなかったからである。もちろん、そうした批判や行動は決定的に重要ではあるのだが。私たちは規範を変革したいと思った。規範を変えるために、私たちはこのシステムの弱点を探った。私たちにとって有効となりうる何か、私たちにとって使える何かを探求した。私たちは、手に入れることのできるあらゆるものを用いたが、しかし、そのようなものがないときには、自ら編み出した。私たちは、女性の観点からポルノグラフィに反対する性的平等法を編み出したのだ。

 これが多くの人々の反対に遭ったことは誰にとっても驚くべきことではないし、とりわけ私たちにとってそうであった。それは保守派の反対に遭った。なぜなら保守派は、彼らがポルノグラフィを嫌うよりもはるかに、性的平等を嫌っていたからである。それはリベラル派の反対に遭った。なぜならリベラル派は、彼らが性的平等を好むよりもはるかに、言論を、すなわちセックスを、すなわち女性を使用することを好んでいたからである。さらには、フェミニストを自称する陣営からの反対にも遭った。すなわち、FACT、フェミニスト反検閲行動委員会(Feminist Anti-Censorship Task Force)である。この時点で、私にとり、かつて私が知っていた女性の運動は終わった。

同業者に対するとてつもない敵意の中で、FACTは、この条例に対するメディアを使った法的攻撃の一貫として、裁判所でこの条例に反対する意見書を提出した。女の血、女の涙によって、女の痛み、女の経験にもとづいて、女の沈黙の中から書かれたこの法律、女性を虐待する諸行為(強制、押し付け、暴行脅迫、私たちの肉体の取引行為など)を民事訴訟の対象とするためのこの法律から、既成秩序を守るため、女性の手からこの法律を取り上げるため、FACTはできることは何でもした。

彼女らは言った、ポルノグラフィは性的平等である。なすべきはただ、女性がそれをより容易に手に入れられるようにすることだけである、と。かつて私たちが知っていた女性運動が批判してやまなかった「同一性としての平等」という堕落したモデルを用いながら、FACTは、ポルノグラフィは被害者によって訴訟の対象とされるべきではないと論じた。その最たる理由はこうだった。「セクシュアリティの領域におけるフェミニスト的な想像と表現の広がりは、ようやく声を見出しはじめたばかりである。女性は、これまで伝統的に男性的言語で表現されていた逞しさ(robustness)を自分たちのものとする自由と社会的に承認された場を必要としている」(Brief Amici Curiae of Feminist Anti-Censorship Task Force et al, on American Booksellers Association v. Hudnut, 21 Journal of Law Reform 69, 1988, p.121)。男性はそれを持っている。FACTの女性はそれを欲している。

したがって、「女性にとって問題のあるポルノグラフィですら、女性の欲望と女性の平等を肯定するものとして経験しうる」(Ibid、強調は引用者)。これはエレン・ウイリスの文章から意見書に重引されたものであるが、「ポルノグラフィは身体的な攻撃となりうる」――ただし、レイプは頭の中で起こっただけのようだ――「が、男性にとってと同じく、女性にとっても、それはエロチックな快感の源泉となりうる……。ポルノグラフィを楽しむ女性は、たとえそれがレイプ・ファンタジーを楽しむ場合であっても、ある意味で、反逆者なのである」。いったい彼女は、何によって反逆しているというのか? 彼女らの答えはこうである。「これまで男性の領域とされてきた女性のセクシュアリティの側面を自らのものとして主張する」ことによってである。

今や、レイプとセックスを区別することができないのは誰だろうか? レイプはこれまで男性の領域だった。それを自分たちのものとして主張するというわけである。だが、これまで押しつけられてきた定義を自分のものとして主張することは、控えめに言っても、相当に制限された自由観である。そして、これが「選択」だというのだ。しかし、レイピストの領域に住みたいと願うような女性運動は、私がその一部でありたいと思う女性運動ではない。

 FACTの意見書における平等とは、女性によるポルノグラフィへの平等なアクセス権のことである。つまり、この条例が訴訟対象とみなしているようなやり方で取り扱われている女たちへの他の女たちによる平等なアクセスであり、そういうやり方でつくられたポルノグラフィを利用できるようにすることなのである。FACTの意見書はさらに次のような異論を出している。

この条例は「露出され、物で貫かれた姿勢の女性の性的にあからさまな姿をエロチックで解放的で教育的であると感じる女性を、社会的に見えないものにする」(Ibid., p.129)。言いかえれば、ある女性集団の全体が、この条例が訴訟対象とみなしているようなやり方で引き続き取り扱われなければならず、彼女らの犠牲のもとに他の女性集団がエロチシズムと解放と教育を経験することができるようにしなければならない、というわけである。

 性的不平等の社会――女性が性(sex)を売らなければならない社会、性が私たちを規定し、性が私たちを価値づけ、私たちが性として生まれて、性として死んでいく社会――においては、女性はそうしたこといっさいを自ら選んだわけではないし、それが選択であるとは認められない、という立場をとることがすなわち、私たちが売春婦を貶め、女性を抑圧していることになるのだ――これが、条例の政治学に対するFACTの批判であった。さらに、女性が性的に強制されたと訴えたときに裁判所がその女性を信用しないために常に用いていた口実を今後は使えないようにしようという条例の立場に対し、それは私たちが女性の同意を尊重しないことだ、とFACTは言った。経済的な生存のために一人の男に殴られることを選択したとすれば、たとえ結婚の契約が同意の外観を与えていたとしても、それは真の選択ではない、ということを理解していたはずの運動がそういうことを言うのである。バタード・ウーマンを助けるために可能なあらゆることをすることは、そのバタード・ウーマンを貶め抑圧することだ、などとはみなされなかった。

しかし、今や次のことをフェミニズムの名において信じるよう言われるのである。すなわち、経済的生存のために数百人の男たちによって犯される選択をすることは、真の選択とみなされなければならないし、女性が売春の契約にサインしているかぎり、そこにはいかなる強制もないのだ、ということを(Ibid., pp.121, 127-128, 130, 131)。

条例を支持するために提示された女性の性的犠牲のあらゆる知識、データ、経験に対してFACTがどのような反応をしたのか、とみなさんは疑問に感じることだろう。この条例を使いたいと思ったすべての女たち、この条例を成立させるために勇気を出して発言した女たち、その条例のために、自分たちの生活、自分たちの評判、そして、そう自分たちの名誉を賭けた女たちに対して、FACTはどう反応したのか? ほとんどFACTはそのことについて言及さえしなかった。それら、あるいは彼女らのことは、注意を向けられなかった。強制された女性、暴行された女性、従属させられた女性は「一部の女」として片づけられた。実際のところ、FACTの意見書は、ポルノグラフィがやっていることを行なったのである。

すなわち、女性の被害(harm)をセックスにすることによって、その被害を目に見えないものにし、女性の被害をセックスについての観念にしてしまった。ちょうど、右派の男性判事が、この条例を違憲と判断した時にそうしたように。

基本的に、FACTの意見書はペニスへの純然たる固執であった。それはこう言っていた、「私たちはそれが好き。それが欲しい。私たちの欲するすべてのものがその中にある。見たいでしょう?」。
 そして、ご存じのように、彼らが勝利した。

女性の平等権は、この条例を思想の自由の侵害として無効と判断した判決の中で、セックスについての一つの「見方」になってしまった。不平等の行為に対して何かをすることは、ものの見方を規制することとされた。これをもっぱらFACTの手柄とみなすことはできない。

なぜなら、彼女らの力は、男性支配を覆い隠す看板としての役割から生じているからである。同じく、FACTだけを非難の対象にすることもできない。非難されるべきは、ポルノ業者であり、その正統なメディア応援団であり、アメリカ自由人権協会(ACLU)である。しかし、フェミニズムの名において先頭切って反フェミニズムの道具と化したFACTは、右派の判事がこの条例を断罪したときに、次のように言うのを可能にした。「当裁判では、両サイドにフェミニストが法廷助言者として入っている」。

たしかに。ポルノ映画『ディープ・スロート』に強制出演させられたリンダ・マルシアーノ、『プレイボーイ』のグラビアに出ていてヒモに殺されたドロシー・ストラッテン、レイプ緊急避難センター、労働者地域を代表するコミュニティ・グループ、有色人種の諸団体――これらが一方の側に名前をつらねていた。そして、他方の側には、ほとんどが学者と弁護士によって構成されるエリート集団、FACTが名前をつらねていた。

黒人運動にはアンクル・トムとオレオ・クッキー[見た目は黒人だが中身は白人的な黒人のこと]がいる。労働運動にはスト破り(scab)がいる。そして女性運動にはFACTがいる。

 かつて存在していた女性運動と、今ある女性運動――それを運動と呼ぶことができるならばの話だが――との間にある違いは何であろうか? 私はその違いはフェミニズムとリベラリズムの違いであると思う。フェミニズムは集団主義的であるのに対し、リベラリズムは個人主義的である。

私たちはこのようなものに還元されてしまった。フェミニズムは社会的な基礎に立脚し、批判的であるのに対し、リベラリズムは自然主義的であり、女性の抑圧の産物を女性の自然なセクシュアリティに帰し、それを「私たち」のものとみなす。フェミニズムは、女性を社会的に決定するその方法を批判し、その決定のあり方を変革しようとするのに対し、リベラリズムは、主意主義的であり、私たちが本当は持っていない選択肢を持っているかのようにふるまう。

フェミニズムが物質的現実に依拠しているのに対し、リベラリズムは頭の中の何らかの理想的王国に依拠している。そして、フェミニズムが容赦なく政治的であり、権力の有無(power and powerlessness)を問題にするのに対して、このリベラルな新しい運動によって引き起こされるのはせいぜいのところ、水で薄められた道徳主義の一形態である。これはよい、これは悪いという判断が下されることはあっても、権力の有無についての分析はまったくなされない。言いかえれば、女性のような集団、すなわちその集団の一員として生きていく以外に選択肢のない集団の構成員が、あたかも単一の個人であるかのように取り上げられる。

したがって、女性の社会的性格は自然的性格に還元される。選択肢の排除は自由意思の表現となる。物質的現実は現実についての観念と化す。そして、権力を持つ者と持たない者との具体的な立場性は、通常人(reasonable people)が「異なっているが平等」なさまざまな嗜好を形成することについての相対的な価値判断に転化される。女性の虐待経験は一つの「見方」になる。

これが法律の言葉になったものが、ジェンダー中立性、同意、プライバー、言論である。ジェンダー中立性とは、ジェンダーを考慮に入れることができないこと、そして――私たちはかつて知っていたはずなのだが――中立性なるものが中立にあらざる既成秩序(status quo)を押しつけるということを認識できないことを意味する。

同意とは、強制されたあらゆる行為が自分の自由意思に帰せられることを意味する。

プライバシーは、親密圏における女性の抑圧の領域を保護する。言論は、女性に対する性的暴力と女性の性的使用を保護する。
なぜなら、それら[女性への性的暴力と性的使用]は男性の自己表現の諸形態だからである。憲法修正第一条のもとでは、すでに言論を持っている人々のみが言論を保護してきた。女性は、言論の主体というよりもむしろ男性の言論なのである。社会的に保障されたこの権利を持っていない人々が法的にこの権利を獲得することはない。

こうしたリベラリズムの政治を通じて女性のために何か獲得されたものがあるだろうか? ERAは失われた。中絶のための公的資金は失われた。レイプ禁止法の改革に関しても重要なものは何も達成されなかった。連邦最高裁は、いくつかの進歩的な性差別禁止法を、かなり独力で適用している。言うまでもなく、国家が、女性の運動よりも性的平等を推進するなどというのは、途方もない恥辱である。もしこの「フェミニズム」の言い分が通っていたなら、私たちは妊娠休暇の法律をも失っていただろう。

そして、ポルノグラフィは救われた。

リベラリズムがこうした結果を不可避ならしめている。その理由の一つは、リベラリズムが性的ミソジニーを見ることができないからである。というのは、ミソジニーはセクシュアルだからである。明らかに、それは左派にとってセクシュアルであり、右派にとってセクシュアルであり、リベラル派にとってセクシュアルであり、保守派にとってセクシュアルである。その結果、社会的に組織されたものとしてのセクシュアリティは、すぐれてミソジニー的なのである。男性支配――その現在の支配的イデオロギーがリベラリズムである――にとって、これらのすべての問題の基礎である性的ミソジニーは、性的平等の問題として見ることができない。

なぜなら、セクシュアリティそのものが性的不平等に立脚しているからである。平等に関する法はセクシュアリティに適用されない。なぜなら、平等はセクシーではないのに、不平等はセクシーだからである。平等はセクシュアリティに適用されない。なぜなら、セクシュアリティは私的な領域で起こり、それがいかに不平等であっても、私的領域に介入することは想定されていないからである。そして、平等は言論よりも重要ではないとされる。なぜなら、性的表現はセックスであり、不平等なセックスは男性の欲する言論だからである。

最後に

さて、この会場には私たちがいる。この会議に集まった人々は、ツァーリを打ち倒したボリシェヴィキよりも数が多い。あなた方は、反撃をするための女性運動が可能であると私に信じさせ始めている。ワークショップにおいて、たぶんあなた方は、女性に対する、性にもとづいた身体的・経済的脅威、女性の攻撃されやすさと絶望を取りのぞくための、そして、女性に対する、性にもとづいた個人的侮蔑と女性の疲労と女性の絶望に打ち負かされないための、さまざまな方策について思考をめぐらすだろう。条例はその一つであり、私たちは他の手段も知っている。そして、多くの未知の方策が発見されるのを待っている。女性の恐怖を変革するために、恐怖が私たちの感じる最も合理的な感情であるのをなくすために何をなすべきなのか、女性の不可視性、消耗、沈黙、自己嫌悪を変革するために何をなすべきなのか、それを考えよう。

それらいっさいがなくなったなら、それに代わって何が立ち現われるだろうか? そしてまた、すべてのハンディキャップ、歴史、すべての証拠に抗って、性にもとづいた希望(sex-based hope)をどのように作り出す――編み出す――べきかを考えようではないか。
 (訳 MRT)

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セクシュアル・ハラスメント シンポジウム報告集への序言
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