ポルノ・買春問題研究会
論文資料集10
2010年度の論文資料集10号。詳細はこちらより
 
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その他 : 性暴力を問う 第4部 海外からの報告<2>被害者に「癒

日時: 2010-12-05  表示:2493回

支援拠点「どんな立場の人も力づけたい」

 米国の首都ワシントン中心部から北へ10キロ。「The Lighthouse Center for Healing(癒やしの灯台)」と看板を掲げた2階建てのビルがある。全米で最も歴史の古い、性暴力被害者支援団体「DCレイプクライシスセンター」の拠点だ。

 「あなたは悪くない」

 性被害者であることを公表し、性暴力一掃の活動に取り組む米国在住のフォトジャーナリスト、大藪順子(のぶこ)さん(39)は、11年前に米国内で被害に遭った際、レイプクライシスセンターのカウンセラーが繰り返した言葉に救われたという。「それぞれの必要に応じたきめ細かな支援をしてくれる。どれほど心強いか」。そう話す大藪さんとともに、「灯台」を訪ねた。

 出迎えてくれたのは、カウンセラーのインディラ・へナードさん(29)。被害直後の混乱状態にある人のもとに駆け付け、状況を聴き取る困難な役割を担う。

 「殴られてレイプされた。殺されるかと思った」。5日前に一報を受けて出向いた病院では、全身あざだらけの女性に対面した。おびえた表情。優しく話しかけると、ようやく重い口を開いた。

 加害者は夫だった。中米エルサルバドル出身。10年以上、暴力に耐えてきたが、身の危険を感じ、初めて病院に来たという。子どもがいるため、家を離れられないと訴えた。

 「人種、貧困、移民など複雑な事情が絡むケースは多い。彼女は、私たちと接触したことが、被害克服への第一歩になるはず」。ヘナードさんは力を込めた。

 センターは1972年に発足した。支援スタッフは25人。被害者に12〜24回にわたる無料カウンセリングを行う。昨年は183人が受けた。

 24時間の電話相談、警察や病院への付き添い、啓発教育も手がける。当初1000万円だった年間事業費は今や約1億円。6割は連邦政府などからの補助だ。手法は全米に広がり、同様のセンターは、1100か所を超えた。

 「どんな立場の人にも支援が行き届くようにすることが重要。被害者を力づけ、回復への歩みを支えていきたい」とヘナードさんは話した。

 「灯台」の1階には、性暴力被害者対応専門の看護師(SANE)の養成所もあった。SANEは、医師から独立した立場で、被害者の体に残された加害者の体液の採取や、傷・あざの記録、感染症検査を一手に担う。検査代は公費負担。犯人逮捕の決め手にもなることから、必要なら法廷で証言もする。ワシントンでは、行政当局の直轄で、16人のSANEが活動する。
レイプ被害の検査キットを手にするトリンクリーさん。証拠採取は3〜5時間かけて綿密に行われる(米国ワシントンで)

 「私の場合、断りもなく事務的に証拠採取や検査をされ、つらかった」。大藪さんが処置を受けた時の体験を明かすと統括責任者のデビン・トリンクリーさん(42)は言った。

 「当時は証拠確保に躍起になるあまり、被害者の気持ちが置き去りにされていた。本人の意思を尊重するよう、私たちの意識も変わりました」

 被害者が証拠採取や検査を拒めば、無理強いはしない。被害届の提出をためらえば、証拠は病院で保管する。その後も1年間、定期的に被害者に様子を確認。継続的な支援を受ける中で、警察への届け出を決意する人も多いという。

 強姦(ごうかん)事件が年間9万件近くにのぼる米国。全米で、こうしたプロ集団が関係機関と連携し、被害者を支えている。

 一方、日本での強姦と強制わいせつの認知件数は年間計約8700件。警察への届け出が実際の被害の4%にとどまるとの調査結果もある。背景に支援態勢の不十分さが指摘される。日本でも同様の仕組みを広げられないか。トリンクリーさんが言った。「難しいことではない。被害者が何を求めているのか、まず考えればいい。被害者の気持ちが一番大切なのだから」

 <多職種連携> 米国では地域ごとに、警察、カウンセラー、医療関係者、弁護士ら様々な職種の人たちで「性暴力対応チーム」(SART)を結成している。一報を受けると、まずアドボケーターと呼ばれる支援者が被害者の元に駆け付け、本人の意向を聞いた上で関係機関につなぐ。日本では、連携態勢が未確立だが、今年度、警察庁と医療機関が協力し、事情聴取と心身のケアを1か所で行う事業を、愛知県で試験的に始めた。
(2010年10月16日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第4部 海外からの報告<1>夫婦の無念 法

日時: 2010-12-05  表示:2574回

隣人が娘殺害「前歴知っていたら」

 「あそこに見えるでしょう。あの場所で娘は殺されたの」

 米国東部・ニュージャージー州ハミルトン。閑静な住宅街にある一軒家で、モリーン・カンカさん(50)が向かいの公園を指した。そこに以前、犯人の男の家があったという。

 「男の前歴を事前に知っていたら、絶対にあの子を近づかせなかったのに……」。涙ぐむモリーンさんの手を、夫のリチャードさん(59)がそっと握った。

 16年前、夫妻は、強姦(ごうかん)・殺人事件で次女(当時7歳)を失った。その隣人には、子どもへの性犯罪歴があった。夫妻の無念の訴えは、娘の名を冠した「ミーガン法」を生んだ。性犯罪前歴者の情報を地域住民に開示するよう義務付けた、世界初の法律だ。「悲劇を繰り返してはいけない」。夫妻は記者に訴えかけた。

 1994年7月。3人きょうだいの末っ子だったミーガンさんは、遊びに出かけたまま行方不明になり、翌日、数キロ離れた場所で変わり果てた姿で見つかった。向かいに住む男が間もなく逮捕された。

 「子犬を見せてあげる」。男は言葉巧みに家に誘い込み、レイプの末、絞殺した。「時間が凍りつき、しばらく何も感じられない状態だった」。モリーンさんは振り返る。事件後、男に女児への2度の性犯罪歴があったことを知り、さらに打ちのめされた。

 感情を取り戻したのは、男の家が取り壊される前夜。無人となったその家に、長女と長男が「石をぶつけたい」と言い出した。「お母さんも投げなよ」。ためらいながらつぶてを投げた。窓に当たった瞬間、せきを切ったように怒りがあふれ、石を投げる手が止まらなくなった。

 「何てことをしてくれたの」「おまえが憎い」。初めて男の名を口にして叫んでいた。

 事件は全米に衝撃を与えた。隣人に娘がレイプされた事実を、夫妻が隠さず公表したからだ。「私も性被害者」「犯人を許せない」。そんな声が寄せられ、自宅前には3キロもの弔問の列ができた。
ミーガン法のおかげで性暴力の怖さを知り、防げた被害もあるはず。娘の死は無駄ではなかった」。リチャードさん(左)とモリーンさんは力を込めた(米国ニュージャージー州ハミルトンで)

 「性犯罪歴を知らせる制度があれば、あの子は死なずにすんだかもしれない」。リチャードさんが法制化を求めて署名活動を始めると、情報公開を求める運動が広がり、わずか3か月で43万人分が集まった。同年10月には、州法が成立、2年後には連邦法となった。開示内容や手法は州ごとに異なるが、法に基づき登録された前歴者は全米で50万人超に。夫妻の地元、ニュージャージー州では、インターネットに専用サイトが設けられ、調べたい地域や車のナンバーなどを入力すれば、再犯の恐れが高い登録者の氏名や住所、顔写真、身体的特徴、前歴の概要などが、簡単に閲覧できるようになった。

 同法には「刑を終えた者への二重処罰にあたる」という批判や、前歴者が居住地を追われるなど負の側面を指摘する声もある。だが、米社会での支持は厚いという。夫妻は強調する。「法の目的は、性犯罪から子どもを守ること。親が情報を把握し、自衛する必要がある」

 夫妻は「ミーガン基金」を設立し、今も、子どもの性被害防止に力を注ぐ。

 「親として、娘の命を守れなかったという後悔があります。まだ、やらなければならないことがたくさんある」

 基金の事業として、子どもに接する地域のスポーツ指導者への身上調査に取り組む。「危険人物を子どもに近づけない」という趣旨で、連邦政府の助成を受け、指紋採取などを実施。これまでに1万2000人をチェックした。

 講演活動にも励む。子どもには「親しい人でも、体の大切な部分を触らせてはだめ」と教え、親たちには身近に潜む性暴力の怖さを説く。自衛を促す取り組みが重要、という信念は変わらない。

 「性被害は恥ではない。声を上げて真実を伝えれば、『このままではいけない』『変えなければ』という社会の動きにつながると思う」

 性暴力を巡り、海外では被害者支援や加害者の再犯防止、社会復帰策が様々に進む。第4部は、米国、韓国、カナダでの実践例を報告、対策のありようを考える。

 <ミーガン法> 性犯罪の刑を終えて社会に戻る人に居住地などの登録を義務づけ、再犯の危険度に応じ、情報を地域住民に通知する制度。連邦法は全50州に導入を課した。ネットでの開示は30州以上で行われ、学校から一定距離内での居住を禁じた州も。日本では、子どもへの暴力的性犯罪の前歴者について、法務省が出所時に居住地情報を警察庁に提供、警察が所在を確認する制度があるが、情報は一般に開示していない。
(2010年10月15日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔 読者の反響<下>男性

日時: 2010-12-05  表示:2550回

苦しみ生きてきた あなたは勇者/読むのがつらい でも読まなきゃ

 連載「性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔」の5回目で取り上げた、関東の男性被害者(30)の事例には、「性被害に遭うのは若い女性だけと思い込んでいた」という驚きの声が多数寄せられた。数十年前の被害を告白する男性からの手紙も届いた。

 <どんな性的虐待を受けたか聞かれたら、全部答えられるくらい、脳裏に焼き付いています>。数十年前、高校時代に男性教師から被害を受けたという男性は、便せん2枚に、苦しい胸のうちを書き連ねていた。

 被害について、誰かに話したり、相談したりしたことはなかったという。

 <でも、一生の秘密として墓場まで持っていくのは何にもならない。もし私の経験が同じような境遇の人の力になれば>

 そして、同じ被害に苦しむ「仲間」へのメッセージをつづった。<どうか自分自身の体も心も大切にしてあげてください。こんなつらい思いをしても自分は生きている。これは本当にすごいことだと、自分を励ましてください。苦しみながら生きてきた性被害者の皆様は、勇者です>

 先輩からのレイプ、自慰行為の強要――。連載で紹介した男性被害者の体験について、<男性の方もこんなひどい目に遭っているのだと、がく然としました>と大阪府の30歳代の主婦。<子どもが同じ被害に遭ったら、と思うと怖くてたまりません>と記す一方で、<この連載は読むのがつらいです。でも、読まなきゃいけないと思います。私たちにできることは何か、考えたい>と締めくくった。

 50歳代の女性も<ショックを受けました。これからは他人事ではなく、被害者の方が生きやすいように、また新たな被害者を出さないように性暴力に関心を向けなければ>とつづった。

 男性被害者への励ましも。46歳の女性は<本当に偉かったね。頑張ったね。心の傷は深いと思いますが、これからは幸せになって下さい。人の何倍も何倍も>と言葉を寄せた。

 多数のお便り、ありがとうございました。引き続き、性暴力を巡る司法制度や支援対策の課題などを取り上げていきます。ご意見や情報をお待ちしています。(性暴力問題取材班)

 ◆性被害を乗り越えて生きる男性サバイバーとして、講演会や自助グループを通じて活動する玄野(くろの)武人(たけと)さんの話「男性被害者の存在は知られつつあるが、まだ社会の偏見は根深く、ひとり苦しみを抱える人は多い。もし、被害の相談を受けたら、しっかり話を聴いた上で、『話してくれてありがとう』『君は悪くないよ』と伝えてほしい。日本の強姦(ごうかん)罪は被害者を女性に限っているが、レイプの定義を広げた欧米と同様、男性を含めるように早急に法改正してほしい」
(2010年7月7日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔 読者の反響<上>手紙

日時: 2010-12-05  表示:2514回

なかったことにして生きてきた/人傷つける行為に怒りと悲しみ

 子どもの性被害をテーマに、6月21日付朝刊から8回にわたり掲載した連載「性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔」には、手紙やメールなど105件の反響が寄せられた。「苦しみをひとりで抱えてきました」。約半数が、子ども時代に同様の被害を受けた人たちからだった。子どもを持つ親の立場から「人ごとではない」「できることは何かを考えたい」という意見も多数あった。一部を2回に分けて紹介する。(性暴力問題取材班)

 <私だけじゃないと勇気づけられた>という女性(41)は、幼少から結婚するまで父親の性暴力に耐えた日々を振り返った。<母に打ち明けたが、「お前が悪い」と言われた。生きるのがつらく、死にたいと思い詰め、高校の屋上から飛び降りようとした。現実逃避するしかなく、たばこやシンナーを吸い、風俗でも働いた>。両親には憎しみ以外にない、という。自身も母となり、<温かい家庭がほしいだけです>と吐露した。

 父親から性暴力を受け、実家を離れて施設で暮らしているという少女からも匿名の手紙が届いた。<悪いのは父なのになぜ? 「家に帰りたい」というのが本当の気持ちです>と、被害を受けた自分が家庭から引き離されたことへの理不尽さを訴えた。

 また、12歳の時、部活の合宿中に中学教諭から強姦(ごうかん)された女性(44)は、うわさが地域で広まり、高校卒業まで友達は一人もできなかったという。<被害を“なかったこと”にして生きてきた。事件は自分を強くしたけど、あのことがなければ別の人生があったと思うと悔しい>

 <知らなかった世界が書いてあり、大変驚いた〉と手紙につづったのは、2児の母という女性。〈親が子どもを信じ、守る姿勢を見せることが、予防や被害後の回復に役立つのでは。子どもを被害者にも加害者にもしない方法を考えなければ>と思いを寄せた。児童福祉を学ぶ女子大生(21)は、<人を傷つける性暴力に怒りと悲しみを覚える。子どもを狙うなど論外。「人は理性を持って行動する責務がある」という当たり前のことを発信できる立場でありたい>とした。<タブー視されたテーマ。啓発のためにも書き続けて>という意見もあった。
(2010年7月6日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<7>「きっと光を見い

日時: 2010-12-05  表示:2428回

虐待受けた経験乗り越え、支える立場に

 「私もこうなるのか」

 中国地方の瞳さん(仮名)(29)は19歳の頃、たまたま目にした専門書の記述に激しく動揺した。

 性的虐待の被害者は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患うケースが多く、自殺の危険性も高い――。そんな内容だった。

 家庭内暴力(DV)が日常的だった父から、両親が離婚する17歳までの5年間、性的虐待を受けた。周囲に気づかれまいと明るくふるまい、「早く自立する」と勉学に打ち込んできた。それなのに。

 不安、疑問、怒り――。封印していた感情が一気に噴き出し、心が荒れた。

 「なぜ、私があんな目に遭わなければならなかったの」

 父に憤りをぶつけたが、謝るばかり。「今さらそんなこと言われても……」と戸惑う母に、拒絶されたと感じた。

 ストレスから、食べては、吐いた。大学は何とか卒業し、看護師になったが、やがて働くこともできなくなった。

 出口の見えないトンネルに迷い込んだようだった。インターネットで関西の性被害の自助グループを見つけ、すがる思いで参加した。

 体験を打ち明けると、〈仲間〉は黙って耳を傾け、一緒に泣いてくれた。気持ちを受け止めてもらえ、「絶対、はい上がる」と、力がわいた。

 いくつかの心療内科を経て、ようやく、トラウマ治療専門のカウンセラーにたどりついた。上京し、本格的な治療を受け始めた。

 「被害のさなかはつらい、嫌だ、という感情を処理しきれずため込んでしまう。それが、心に余裕ができた時に、あふれ出るんです。過去と向き合える時期が来たからこそ、今苦しいのよ」と励まされた。

 当時の出来事や感情を思い返し、はき出す作業。過去がフラッシュバックし、摂食障害もひどくなったが、「ここさえ乗り越えれば」と、歯を食いしばった。

 数か月後、暗闇に光がさし、自信がみなぎってきた。

 「私は大変な中を生き抜いてきたんだ」

 25歳で帰郷し、自治体の保健師に採用された。担当は虐待予防。最初は「まともな家庭で育っていない私に務まるのか」と抵抗があった。

 現場でいろんな家族を見る。「子どもを殴ってしまう」と打ち明ける母、夫の暴力で顔を腫らした妻……。貧困や病気、孤立、さまざまな背景があり、だれか一人が悪い、と決めつけられないことも多い、と感じた。「なぜ親が子を虐げるのか」という幼い頃からの疑問が、解き明かされていくようだった。

 父の行為は許されることではない。だが、顧みれば、父自身も虐待を受けて育ち、孤独を抱えていた。母は娘の被害を知って、どんなに衝撃を受けただろう。「私たち家族は、それぞれが苦しんでいたんだ」。憎しみやわだかまりは、いつしか消えていた。

 自らの経験が、虐待家庭の複雑な心情を理解するのに役立っていると思う。やりがいのある、この仕事をずっと続けるつもりだ。そして今、性被害の自助グループを主宰する。支えてくれる人がいたからこそ、トンネルを抜けられた。「今度は、私が暗闇でもがく人の力になりたい。大丈夫、きっと光を見いだせる、と伝えたい」

(おわり)

 社会部・岸辺護、久場俊子、佐々木栄、大西順也が担当しました。

 <自助グループ> 同じ苦悩を抱えた当事者が集い、体験を語り、聞く作業を通じて、自らを見つめ直し、回復へのステップとする。「一人ではない」という安心感を共有し、援助し合うことで、失っていた自信を取り戻すことにもつながる。原則は「言いっ放し、聞きっ放し」で、批判的な発言や助言はしない。性被害では全国に数か所あり、ホームページを設けているグループもある。
(2010年6月28日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<6>自分を守る意識育

日時: 2010-12-05  表示:2463回

いやなら「いや」と言っていい

 子どもを性暴力から守るため、米国で編み出された教育プログラムがある。CAP(キャップ)(子どもへの暴力防止プログラム)だ。

 「ちょっと、おじさんとキスしてくれへんかな」

 「いやや。ぼく、そんなことしたくない」

 大阪市阿倍野区の私立幼稚園。スタッフが演じる寸劇に園児たちはくぎ付けになった。「男の子は被害に遭わない」という予断を与えないため、寸劇には、あえて男児役を登場させる決まりになっている。「こんな時、みんなもイヤって言えるかな」。「はーい」。小さな手が一斉に挙がった。

 1985年にCAPを日本に紹介した、民間研修機関「エンパワメント・センター」(兵庫県西宮市)主宰の森田ゆりさんは「怖がらせるのではなく、子どもが『自分にもできることがある』と力がわくようにすることが、予防につながる」と語る。

 いやなら「いや」と言う。大声を出したり、逃げたりする。それができなくても悪くない。誰かに相談しよう――。「NO(断る)、GO(逃げる)、TELL(相談する)」。CAPが教える対処法だ。

 大人向けのプログラムもある。親や教師にも寸劇を見せて理解を求め、子どもの話に共感しながら耳を傾ける方法を伝える。CAPの実践団体「西淀川子どもセンター」(大阪)代表理事の西川日奈子さん(55)は、「性的虐待を訴えても、大人から信用されずに心の傷を深めるケースは多い。TELLの受け皿が極めて重要」と強調する。

 しかし、予算不足などで、全国的に受け入れ先は減っている。大人のプログラムは敬遠され、児童向けのみを希望する学校も多いという。

 西川さんは困惑する。「子どもが最初に相談する相手である父母や先生に、もっと理解を深めてほしいのに」

 児童虐待の専門外来がある、愛知県立あいち小児保健医療総合センター。2009年10月までの8年間に扱った虐待症例916件のうち、性的虐待は17%を占めた。

 看護師の伊藤環さん(30)は06年頃、心療科病棟に入院中の児童らに広がった“問題行動”に、衝撃を受けた。

 「性的虐待の再演」。子ども同士で隠れてキスをする、女児が体を触り合う――。虐待による性の認識の混乱が原因とみられた。

 伊藤さんらは07年11月、「性的虐待対応チーム」を結成。カウンセリングなど日常の治療のかたわらで、対策に乗り出した。

 絵本で体のプライベートパーツ(水着で隠れる部分)を見せ、「あなたの大切な所だよ」と教えながら、被害体験を聞き取る。「いやなことは拒否して構わない」と教えるプログラムでは、子どもに好きな人形と嫌いな人形を選ばせ、看護師が嫌いな方の人形を持って近づく。「やめて」と言えれば、ほめる。虐待で無力感に陥っている子どもに、自己肯定感を持たせるのが狙いだ。

 伊藤さんはチーム結成以来、“問題行動”は減っている、と実感する。「置き去りにされていた子どもの『自分を大切にする心』を、一緒に取り戻す治療が必要なんです」

 <CAP> Child Assault Preventionの略。1978年に米国オハイオ州で起きた女児レイプ事件を機に、性的被害やいじめ、誘拐から子どもを守るために開発され、16か国に普及。日本では約160団体が活動、3歳から高校生まで240万人以上、大人向けは160万人以上が受講した。尊重すべき「安心、自信、自由」の人権意識を養い、護身術や叫び声も練習する。
(2010年6月27日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<5>被害自覚 くすぶ

日時: 2010-12-05  表示:2376回

「いたずら」では片づけられない

 放課後、一人で校舎の階段を下りていくと、薄暗いロビーで中年の見知らぬ男に声をかけられた。

 「病気にならない体になりたくない?」

 転校した直後で寂しさをかかえ、病気がちでもあった。それだけに男の笑顔と言葉に興味を引かれた。疑わず、階段横のトイレについて行った。個室に一緒に入ると、男の態度は一変した――。

 英子さん(39)は、小学2年生だった、その日の出来事を克明に記憶している。

 個室の中で、言われるまま用を足した後、男に下半身を押し当てられた。変な事をされている、と思ったが、意味は理解できなかった。「早く終わって」とひたすら願った。

 「これで病気にならないからね」。ロビーで別れる時、男は優しい表情に戻り、こう言い残した。

 その言葉が〈呪文(じゅもん)〉のように、英子さんを縛った。何かおかしいと感じながら、口止めされたこともあり、「あれは儀式だった」と胸にしまい込んだ。

 学年が進み、男にされた事の意味がわかってくると、自分をごまかせなくなった。

 「なんでついて行ったんだろう」「恥ずかしい」。今度は言われるまま従った自分を責めるようになった。あの頃、被害が自覚できていたら、男を恨むこともできたのに。真綿で首を絞められるようだった。

 「あの男は、力もなく思い通りになる相手として、軽い気持ちで子どもを選んだのだろう。人として許せない」

 胸の中で、自責の念と屈辱感がくすぶり続けている。

 授業参観のため、娘も通う母校の小学校を久しぶりに訪れた時のこと。プールの前を通りかかった瞬間、花梨さん(30歳代)は、この場所での体験がよみがえり、涙が止まらなくなった。

 小学1年の夏。6歳だった。学校でかくれんぼをしていると、中学生ぐらいの少年に「ここなら隠れられるよ」とプールの陰に手招きされた。

 しばらくすると、少年から服を脱ぐよう脅された。「言うことを聞け」。足がすくんだ。逆らえず、裸になると、少年も服を脱ぎ始めた。

 〈このままじゃ危ない〉。とっさに感じ、下着1枚になった少年のもとから、自分の服を抱え、一目散に逃げた。

 以来、薄暗がりに下着姿で仁王立ちする少年の姿が、恐怖感とともによみがえる。性にかかわる情報は、生理的に受け付けなくなった。結婚後も、不快感なしに夫婦関係を結べない。風呂上がりに下着姿でいる父親の姿にさえ、少年が重なりゾッとした。

 電車内では、そばに男性が立つだけで緊張し、すっと距離を置いてしまう。直接的な被害は、確かになかった。でも心の傷は深い。

 花梨さんは言う。「子どもの被害はよく『いたずら』で片づけられるけど、そんな軽い言葉で済ませないでほしい」

(文中仮名)

 <被害児への対応> 被害の程度にかかわらず子どもは深く傷つき、ショック状態が長引く場合も多い。児童のトラウマケアに詳しい藤森和美・武蔵野大教授は「被害を打ち明けられたら、まず『話してくれてありがとう』と伝え、子どもの目線で向き合うことが大切。『いたずら』という言葉には『大したことではない』というニュアンスが含まれるため、被害児に安易に使うべきではない」と話す。
(2010年6月26日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<4>傷ついた心 男性

日時: 2010-12-05  表示:5329回

 関東に住む男性(30)は、自らのブログで〈暗器使い〉と名乗る。

 高校卒業から22歳の頃まで、「暗器」と呼ばれる小型の武器やスタンガン、警棒などを隠し持ち、深夜の繁華街をさまよった。「自分がどうなってもよかった」。やくざ風の男や暴走族の若者にわざと絡まれては、武器を使って撃退した。相手が尻尾(しっぽ)を巻いて逃げ出す時の、一瞬の快感。でもすぐに、むなしく暗い感情がわき上がった。

 小学校から高校までいじめられ続け、性暴力を受けた記憶。「なぜあの時、やり返せなかったのか」

 学校は生き地獄だった。

 「キモイ」「死ね」。中学時代はクラスメートや先輩から激しい集団リンチを受けた。便器に顔を突っ込まれ、生きたゴキブリを食べさせられた。

 性的に踏みにじられた屈辱は、はっきりと覚えている。ズボンや下着を脱がす行為がエスカレート。教室で裸踊りをさせられ、卑わいな言葉を叫ばされた。女子生徒からの冷笑を浴び、「この世から消えたくなった」。

 そんな中、先輩の野球部員の1人から部室に呼び出され、レイプされた。何度も繰り返されるうち、男としての自我が壊れていくようだった。

 高校では、不良グループに下半身にナイフを突きつけられ、自慰行為を強要され、笑いものにされた。

 誰も助けてくれず、ただ孤独だった。「いじめられるために学校に通っていた」。親は、重い障害がある兄にかかりきり。自分のことで迷惑はかけられない。学校に行かない選択肢は思いつきもしなかった。プライドは崩れ去り、「自分は生きる価値もない負け犬」と信じ込んでいた。

 高校卒業でいじめは終わった。でも、街ですれ違うすべての人が敵に見え、社会での生き方もわからなかった。苦悩を受け止めてくれる相手もいない。世の中への憎しみばかりが募った。

 「社会には『性暴力の被害者は女性』とか、『男は強いもの、強くあるべきだ』という固定観念がある。だから男性は自らの被害を受け入れ難く、葛藤 (かっとう)も深い。抵抗できなかったことに、より強い自責の念を抱いてしまう」。男性被害に関する著書がある臨床心理士の熊谷珠美さんは話す。
男性がお守りにしているパワーストーン。「過去を乗り越え、未来を切り開く」という意味が込められているという

 〈暗器使い〉の男性は、被害体験に向き合い、感情を言葉として記すなどして自己分析を深めてきたという。今では、暴力をふるうこともなくなり、いじめや性被害をテーマにしたイベントで、自らの体験を話すこともある。

 周囲からは問題なく生活しているように見える。それでも、人と深く付き合うことができない。ふとしたことで自分が情けなくなり、暴力的な感情が腹によみがえる。一方、被害を「いじめの延長」と軽く扱われるギャップ。孤独感は消えない。

 「できることなら人生をやり直したい。性暴力で受ける心の傷の深さに、男女の差はないと思う」

 <男性の性被害> 警察庁によると、2008年の強制わいせつ事件のうち、被害者が男性だったのは2・5%の183件(未成年146件)。日本の刑法の強姦(ごうかん)罪は、被害者を女性に限っている。男性は「自分の弱さを認めたくない」などの心理から、女性以上に被害を隠す傾向が強いとされる。被害のトラウマから、自傷行為などのほか、他者への暴力に向かうこともある。
(2010年6月25日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<3>女であることが苦

日時: 2010-12-05  表示:2379回

うつ、拒食 ゆがめられた「性」

 短く刈り込んだ髪、背広にネクタイ。朝陽(あさひ)さん(36)(大阪府)は、記者との待ち合わせ場所に男装で現れた。

 普段着はTシャツにジーンズ。男性用下着をはく。体が丸みを帯びないよう、少ししか食べない、という。

 「女だから性欲のはけ口にされた。だから、自分が女であることが苦痛なんです」

 22歳まで18年間、一つ上の兄から性被害を受け続けた。兄を思い出し、男性の体にも嫌悪感がある。だから男になりたいわけではない。

 「でもこの姿なら、いやらしい目を向けられない。一番、気持ちが楽なんです」

 体格も良く、口のたつ兄にいつも服従させられていた。4歳の時、初めて体を触られた。最初は興味本位だったのかも知れないが、兄の行動は中学、高校と進むにつれてエスカレート。毎晩のように、わいせつ行為を強要され、抵抗すると殴られた。被害は、兄の結婚まで続いた。

 両親からも虐げられた。父には体を触られ、母には布団たたきで殴られ、あざだらけ。毎日、家族の顔色をうかがい、おびえて暮らした。

 「地獄のような家。誰も助けてくれないとあきらめていた。人生なんて、私の体なんて、どうでもよくなった」

 就職先では上司に迫られて妊娠、中絶。見知らぬ男と行きずりの関係を持った。

 29歳で家を出たが、子どもの頃の被害のフラッシュバックに悩まされるように。うつを発症し、薬の大量服用や拒食を繰り返した。仕事も続けられなくなった。

 「あの被害ですべて狂った」。思い詰めて3年前、〈女性〉を捨てた。

 一方の兄は、大企業に就職、父親になり、家も建てた。

 ある日、兄からかかってきた電話に、鬱(うっ)積した怒りが爆発した。

 「あんたはええよな、堂々と表街道を歩けて。ウチはあんたのせいで、裏街道ばっかり歩かされてるわ」。兄は押し黙ったままだった。

 15歳の夏、目の前を千円札が舞った。のり子さん(35)(滋賀県)の脳裏に刻まれたシーン。同居していた2歳上のいとこに服を脱がされ、泣き崩れると、金を投げつけられた。わいせつ行為は3年続いた。

 結婚し、息子も生まれたが、記憶は消えない。ストレスから買い物依存症に陥り、27歳で離婚した。

 約500万円の借金を抱え、性風俗の道を選んだ。ためらいはなかった。「私の体は、どうせ汚れているから」

 店の外でも、客や不特定多数の男と次々関係を結んだ。あえて、そうすることで忌まわしい記憶を消し去れるのでは、との“期待”もあった。しかし、かなわなかった。

 ただ、一緒に働く女性たちの身の上話に「つらいのは自分だけじゃない」と救われた。

 2年半で借金を返済。息子の成長を思い、店は辞めた。

 「もう一度やり直して、居心地のいい家庭を築きたい」

 今は、心療内科に通い、心の安定を取り戻す努力を続けているという。

(文中仮名)

 <自尊感情の低下> 自分の身体を侵犯されたことで、性被害者は「汚れてしまった」との感覚や「自分では外界を制御できない」との無力感を抱き、自尊感情が著しく低下する傾向があると言われている。幼少期の被害で性の認識が混乱した結果、トラウマを無意識に解消しようと不適切な性的行為を繰り返したり、自分の体が性的に成熟することへの嫌悪感や恐れから摂食障害に陥ったりするケースも見られるという。
(2010年6月24日 読売新聞)

その他 : 性暴力を問う 第3部 奪われた笑顔<2>立場を利用 密室

日時: 2010-12-05  表示:2439回

先生は唯一絶対の存在だった

 中学校の体育館控室。練習後、剣道部顧問の男性教諭に呼ばれ、厳しく説教された。

 「先生の前で心を裸にしてないから、あかんのや」

 すぐさま答えた。

 「すべてを任せています」

 「じゃあ、服脱げるんか」

 下着だけになると、顧問は「お前の気持ちはわかった」と抱きしめた。

 それは、剣道部の女子部員の間で〈儀式〉と呼ばれていた。控室のドアにはいつも、カギがかけられていた。

 「先生は唯一絶対の存在だった」と、優さん(仮名)(26)は、当時を振り返る。
優さんの自宅マンションから被害現場の学校が見える。「もし先生が目の前に現れたら、恐怖がよみがえり、体が凍り付いてしまうと思う」=笹井利恵子撮影

 連日の猛げいこ。体罰は日常だった。顧問は「やめるやつは負け犬。先生について来れば絶対、全国大会に行けるぞ」と繰り返した。指導者として保護者らの信頼も厚かった。激しい叱責(しっせき)も「期待されている」と誇りだった。

 そんな中、始まった密室の〈儀式〉。レギュラー部員6人が日替わりで呼び出された。「プライドを捨てなあかん」。床をなめろ、先生の指をくわえろ――。そして、服を脱がされるまでに発展した。

 3年生で全国大会出場を果たした。「あれは私たちのためだった」と言い聞かせて卒業したが、高校、大学と進むうち、疑念が膨らんだ。

 崇拝が完全に砕かれたのは20歳の時。セクハラ疑惑をただす地元市教委の調査に、顧問が〈儀式〉の事実関係を全否定した、と知ったからだ。

 「先生にとって後ろめたい、隠さなければならないことだったんだ」「性欲の対象にされた」。打ちのめされた。

 「もう被害者を出してはいけない」。他の部員らとともに、顧問と市を提訴。判決はセクハラを認定し、市教委は顧問を懲戒免職にした。

 「事実が認められ、ほっとした」と優さん。「でも、誇れる思い出まで否定されたようで、つらかった」。今も中学の前を通れないでいる。

 時効成立分を含め、警察が確認した被害は、17年間で27人、計479件――。

 強姦(ごうかん)や強制わいせつ罪などで懲役30年が確定した広島県の男(44)は、勤務先の小学校で教え子たちへの性暴力を繰り返していた。確定事実だけで、当時9〜12歳の10人に対し95件に及ぶ。

 2008年5月の逮捕までに、発覚の機会はあった。1998年と04年の2度、男は校内で女児と2人きりでいるのを同僚に見とがめられた。しかし、男の否定を学校側は2度とも、うのみにしていた。

 「スクール・セクハラ防止全国ネットワーク」(大阪)の亀井明子代表は指摘する。「学校の内部調査は身内に甘く、否認されれば幕引きされる傾向がある。第三者を加えた厳しい調査が必要だ」

 男の公判では、教え子らの供述調書が読み上げられた。

 〈嫌と言ったら勉強を教えてもらえないと思っていた〉

 〈先生に無視されるのが怖くて逆らえなかった〉

 絶対的な立場を利用した卑劣な犯行。傷ついた心は手当てされているのか。広島のケースでは、地元教委は民事訴訟を起こした3人を除き、だれが被害者か、把握していない、という。

 <医療費給付> 独立行政法人・日本スポーツ振興センターによると、学校管理下で性犯罪が起き、負傷したり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症したりした場合、因果関係と学校長の承認があれば、「災害共済給付」の対象となる。治療を始めてから2年以内に、学校、地元教委を通じた申請が必要。最長10年間、心療内科や精神科も含めた医療費について、保険診療の自己負担分が全額補填(ほてん)される。
(2010年6月23日 読売新聞)

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