埼玉県川口市の地下鉄で今年11月、NTTドコモ社員の男(35)が盗撮したとして県迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕される事件があった。盗撮に使われていたのは、高機能携帯電話「スマートフォン」(スマホ)。捜査関係者によると、インターネット上で入手したシャッター音のしないカメラ機能アプリで、ひそかに女性の下半身を撮影していたとされる。若い世代を中心に人気が広がるスマホだが、盗撮以外にも、利用者の居場所を知られてしまうアプリや個人情報“流出”が問題になるなど、議論を呼ぶケースが続発している。(西尾美穂子、清作左)
■女子学生の後ろから…
「きれいな足だなぁ」
11月12日午後7時10分ごろ、埼玉高速鉄道鳩ケ谷駅で、会社から帰宅途中の男は、スカートをはいていた専門学校の女子学生(20)の後ろをそっと、歩いていた。
捜査関係者によると、スレンダーな女性の脚に目がなかったという男は、女子学生に目を引かれ、後を追跡した。スマホを左手に握りしめ、エスカレーターに乗った女子学生の後を追い、数段あけて後ろに立った。
男は、次の瞬間、前屈みになって左腕を伸ばし、女子学生の脚の間にスマホを差し入れた。肌に触れるほどの距離までスマホを近づけると、男は前もって起動していたカメラ機能で、撮影を開始した。
「無音」で撮影できるカメラ機能アプリだった。従来の携帯電話では鳴る「カシャッ、カシャッ」というシャッター音はまったくしない。エスカレーターに乗っていたのは、1分に満たない間だったが、数枚の写真の撮影に成功。下着は写らなかったものの、男は、女子学生にまったく気づかれることなく、脚をフレームに収めることができた。
■被害に気づかず… データから見つかった画像
男がこのまま逃げていれば、女子学生は自分が盗撮の被害者であることも知らないままだったが、このときは、事件は発覚した。
「こいつ、何やってるんだ?」
男の後ろに立っていた体格のいい男性が、男の行動に不審感を抱いたのだ。盗撮を疑い、エスカレーターを降りたところで、男に声をかけ、駅員に引き渡した。鳩ケ谷駅から目と鼻の先にある県警武南署で、取り調べを受けた男は、翌日、迷惑行為防止条例違反容疑で逮捕された。
県警によると、男はネット上からシャッター音のしないカメラ機能アプリをダウンロードしていた。スマホのデータからは盗撮画像が見つかり、男は調べに対して最終的に「音の出ないアプリを使って盗撮した」と容疑を認めた。男は12月に起訴猶予処分となり、釈放された。
■簡単に、安く入手 未成年でも…
携帯電話でありながら、アプリを入れることでパソコンのようにさまざまな機能を持たせることができるスマホ。無音カメラ機能アプリの入手も簡単だ。ネットに接続し、「カメラ」と「無音」という2つのキーワードを使って検索すると、ダウンロードできると推測されるサイトが数百件ヒットする。料金は数百円程度。無料で入手できるものも多い。もちろん年齢制限はない。
試しに無料のアプリをダウンロードしてみると、撮影時に本当にシャッター音がしないだけでなく、画像も鮮明。オートフォーカスモードや手ぶれ補正機能に加え、速写・連写、セルフタイマー撮影ができる。デジタルカメラや購入時のスマホに入っている既存のカメラ機能と遜色ない。
無論、アプリは盗撮目的として提示されているわけではない。「図書館で撮影可能」「子供の寝顔をとるときに」「ペットの撮影には欠かせない」…。静かな場所や、撮影相手を刺激しないための撮影に適していることをうたい文句にしている。
■ちょっとした出来心から…
しかし、中には、盗撮を助長しかねない宣伝文句もある。
「片思いしている彼女の姿をひそかに納めたいあなたに」「誰にも知られずに写真をとらなきゃいけない瞬間に!」
その脇には「否定的な目的で作られたアプリではありません」「どうか良い用途で使ってください」などと注意書きも添えられているが、本当に従うかは利用者にまかされている。実際には盗撮に利用するケースは少なくないようだ。
警視庁によると、スマホを使った盗撮は東京都内で今年1〜10月、50件発生し、すでに昨年1年間の23件の2倍以上になっている。最近では、スマホを操作する手元をのぞきこまれても盗撮していることがばれないように、真っ黒な画面のまま撮影できる機能を備えたアプリまである。
盗撮道具は数多く、スマホと同様にインターネットで入手できるが、腕時計に小型カメラをはめ込んだタイプなど“巧妙な”道具の価格は1万円前後になる。しかし、無音カメラアプリは、スマホさえ持っていれば、無料か安価な値段で入手できる。それだけに、捜査関係者は「ちょっとした出来心から盗撮に手を染める人もいるのではないか」と推測する。
■ダウンロードは規制できず 利用者次第
しかし、こうしたアプリを規制する法令はない。総務省は「ウイルスとして認定されたり、著作権を侵害していたりすれば別だが、いまのところ、ダウンロードの規制はできない」とする。
さまざまな方法で利用できるのが、スマホの最大の長所。アプリの規制強化は、スマホの魅力を損なうことになる。大手携帯電話販売会社の担当者は「スマホは、いろいろなアプリをダウンロードして自分好みの“スタイル”にしていけるのが特徴。無音カメラアプリも、必ずしも悪用されているわけではないので、今のところ、強制的に削除するわけにはいかないのではないか」と話す。
携帯電話事業に詳しい武蔵野学院大学の木暮祐一准教授も「アプリの種類は急増しており、パソコンのインターネットと同じで、一律に規制することはできない。本来の目的とは違った方法で使うことは問題だが、最後は利用者のモラルに委ねるしかない」と話す。
■議論になる使い方…「スマホはパソコン」注意必要
しかし、盗撮事件に限らず、スマホのアプリの使い方が、社会的に議論になるケースは少なくない。最近では、「浮気防止」などの“ツール”として知られる通称「カレログ」が注目された。位置情報を知らせるアプリで、交際相手など他人のスマホにダウンロードされていれば、相手の居場所を把握できるようになるのだが、「監視の道具になる」「プライバシーを侵害する」などの批判が上がり、改善された。
スマホ専用の広告を提供する会社が、スマホ利用者のアクセス情報を収集したケースも批判を集めた。海外が提供元となっているアプリのなかには、ダウンロードするだけで、知らぬ間に通話内容が盗聴されてしまうものもあるという。
携帯電話をめぐる問題に詳しいフリーライター、佐野正弘氏は「サイバー攻撃など、パソコンを悪用した行為が社会問題化しているが、スマホも、同様。ただの携帯電話ではなく、パソコンなんだという認識を持って、注意深く使う必要がある」と話した。
2011年12月17日 産経新聞