2013年03月08日 毎日新聞
「非常に面目なく、恥ずかしく、何とも言えない心境であります」。裁判官や検事に礼をして証言席についた男は、かしこまって言った。
昨秋、朝の電車で女子高生に背後から自分の陰部を押しつけて捕まった。古希を迎えた昨春から、痴漢での検挙は3度目。罰金刑と執行猶予付きの判決を立て続けに受けていた。
「どうして昨年、突然?」。弁護士の質問に男は言った。「70歳を過ぎて仕事もなく、人と接することがなくなった。独りで寂しく、自分のモラルがなくなりました」
「すべてがはがれ落ちる感じ」「他人とも接触がなくなる不安感」。弁護士によると、供述調書にそんな表現があった。
中卒後、職を転々とした。鉄工所、肥料会社、原発。福岡で妻と娘らと暮らしたが「平成の初めに家を出た」という。妻は15年前に他界した。
名古屋から福岡に戻ったのは2度の有罪判決を受けた後だった。「娘に一度、会いたいという気持ちがあって」。だが、連絡を取る勇気がないまま、温泉施設に寝泊まりを続けているうちに3度目の事件に走った。
弁護士によると、男は逮捕後、娘への連絡を断ったという。「私の至らぬことで、なおさら機会をなくしました。子供にすまないという気持ちもあり、私の意地で拒否した」。だが、年が明けると、男は娘への連絡を望んだ。「独房の中で、会いたいという思いが募りました」
娘からの便りはまだない。弁護士は言った。「娘さん、同じところに住んでいるんですよ。お父さんを待ってるんじゃないですかね」。男は答えなかった。泣いていた。
「本当にこれで最後にしますか」。検事は男の反省を確かめた。
男は答えた。「私の命は長くありません。死ぬ間際まで人に迷惑をかけることはしたくない」
「私については厳重な処分でお願いしたい」。最後にそう言った男に3週間後、懲役8月の実刑が下った。【遠藤孝康】