国民の怒り、厳罰化進む
6月29日、韓国の国会で、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療法」が可決された。
子どもへの性犯罪で逮捕されて性倒錯症と診断された者に対し、心理療法と併せ、性欲を抑える薬物を強制的に投与し、再犯を防ぐのが狙い。2年前の提出から棚上げ続きだった法案が突然復活、スピード通過した。背景には、一つの事件があった。
〈真昼に……運動場で小学生を拉致して性暴行〉
日刊紙・韓国日報が報じた6月9日付朝刊のスクープは、大きな衝撃を呼んだ。
朴敏植議員
その2日前の同7日朝、首都ソウル中心部で、小学2年の女児(8)が男(45)に連れ去られ、性的暴行を受けた。子を持つ親たちを震撼させたのは、拉致現場が公立小学校の運動場、という事実だった。
小学校を訪ねた。通行量の多い大通りに面している。韓国では多くの小学校が市民に開放されている。男は誰にも注意されずに校内に入り、1時間近くうろついた末、女児に近づいたという。
「部外者は無断立ち入り禁止です」。正門で警備員ににらまれた。事件後、警備が厳しくなったらしい。近くで待ち合わせしていた女児2人は「1人で遊ばないよう、お母さんから注意されているの」と手を握り合った。
男に性犯罪の前歴があったことが、国民の怒りと関心に火をつけた。メディアは国の対策不備を責めた。4か月前にも、釜山市内で10歳代の少女が前歴者に強姦、殺害される事件があったからだ。
事態に素早く反応したのが、与党・ハンナラ党。「薬物による性欲制御は人権侵害」との反対を受け2年間、保留になっていた法案を拾い上げ、わずか1日で法制司法委員会と本会議を通過させる“荒業”で世論に応えた。法案を発議した元検事の朴敏植議員は「今も批判は確かにあります」と苦笑しながらも、強調した。
李昊重教授
「電子足輪だけでは限界がある。犯罪に向かう性欲を自分で抑制できないなら、薬物と心理療法で制御するしかない。国民の安全のために、国の管理が必要なんです」
審議過程で当初案が薬物投与の条件とした「本人の同意」は削除され、対象は「25歳以上」から「19歳以上」に。厳しく修正された法が、来年7月に施行される。
〈児童への性暴力犯罪との戦い〉。事件が相次ぐ中、そんなスローガンが叫ばれる韓国。今年7月、韓国版ミーガン法とも言える、前歴者の身元情報の公開が専用サイトで始まった。来年1月には、前歴者と同じ町内に住む、未成年者がいる全世帯に情報を郵送する制度もスタートする。
電子足輪、薬物投与、前歴者情報公開――。厳罰傾向を強める国情を懸念する声も聞こえる。
李昊重・西江大教授(刑法)は言う。「国は事件が起きる度、国民の怒りを静めようと、十分な議論もなく極端な対策を立ててきた。これでは、自暴自棄になった性犯罪者が犯罪に走る悪循環に陥りかねない。啓発教育など、性暴力を生む社会背景に目を向けた、もっと地道な対策が必要だ」
(2010年10月19日 読売新聞)