エジプトのムバラク政権が崩壊した11日、熱狂に包まれたカイロ中心部タハリール広場で、米CBSテレビの女性記者が集団暴行された。CBSは事件の公表に踏み切り、「革命」のもう一つの現実に衝撃が走った。「女性が騒乱の第一線で取材するのは無理だ」−。当然のようにわき起こるこうした見方に、米欧の主要紙は女性記者たちの反論を掲載した。(産経新聞)
■ニューズウィーク(米国)
事件公表を決断した理由
米誌ニューズウィークは最新の28日号で、CBSテレビのララ・ローガン記者(39)の上司や同僚らの取材を元に、暴行事件とそれを公表した経緯、ローガン記者の経歴や人柄に迫る特集記事を掲載した。
CBSの発表によると、事件はエジプトのムバラク前大統領が辞任した11日の夜、数十万の民衆で埋め尽くされたカイロのタハリール広場で発生した。
ローガン記者は他のスタッフや警護担当者と取材していたが、熱狂した200人以上の暴徒に囲まれ、混乱の中で取材班から孤立し、「残忍かつ持続的な性的暴行」を受けたという。
現場にいた女性グループとエジプト兵20人がローガン記者を救出。翌朝の便で米国に帰国し、治療のため入院した。
事件が公表されたのは発生から4日後。その経緯については明らかにされていなかったが、ニューズウィーク誌によると、ローガン記者とCBSは、オーストラリアの記者が事件を取材していることを知り、公表を決断したという。
ローガン記者は、出身地の南アフリカでCBSラジオの非常勤通信員をしていた2001年、アフガニスタンでの戦争取材に自ら赴き、反政府勢力と戦火のカブールに乗り込んで一気に名を挙げた。
イラクやアフガンなどの戦場取材を積み重ね、CBSの外交担当記者のトップに就任。しかしCBSニュースのジェフ・フェイガー会長によると、最近、出産を経験し取材中にも子供のことが頭をかすめるなど、ローガン記者は「少し神経質になっていた」。最前線での命がけの報道に不安を覚え始めていたという、その直後に事件に遭遇した。
CBS社内ではローガン記者の勇気と根性はよく知られており、早期の現場復帰を祈っているという。(ワシントン 犬塚陽介)
■ニューヨーク・タイムズ(米国)
悪いのは女性記者でない
「予想通り、だれかが私のお尻をつかんだ。私は振り向いて怒鳴ったが、次から次へと手が伸びてきた。一人の手をつかんでそいつの顔面にパンチをくれてやったが、それでもその男は手を離さなかった」
米女性ジャーナリストのキム・バーカー氏は、2007年にパキスタンで最高裁長官(当時)が主導した反政府デモを取材した際の出来事を、20日付米紙ニューヨーク・タイムズにこう記した。
トラブルに巻き込まれたバーカー氏を見つけた最高裁長官は、彼女を群衆から保護するため自分の車に招き入れた。「私は幸運だった。だが幸運に恵まれず、ホテルの一室でいたずらをされたり、暴徒に着衣をはぎ取られたりした女性ジャーナリストもいる」
バーカー氏はこうした体験について、屈折した冗談として話す以外に、語られることはないと指摘する。「そうした体験を話せば、女性ジャーナリストは男性と違い、か弱い存在ということになってしまう。上司は、次の現場に私を派遣してくれないかもしれない」
ローガン氏について「彼女は美しすぎた」だの「危ないところに行き過ぎた」だのといったコメントがあふれているが、バーカー氏は怒りとともに言い切る。「悪いのは彼女ではない。暴徒どもが悪いのだ」
バーカー氏は、公表したローガン氏の勇気を称賛する一方、メディア内部に知らず知らず、危険な取材から女性を遠ざける空気が生まれる可能性を危惧する。
「もし戦場から女性ジャーナリストがいなくなれば、現場の女性たちの声は単なる噂話としてしかとらえられなくなってしまうかもしれない」。バーカー氏は、戦場に女性ジャーナリストは必要なのだと声を大にして主張している。(ニューヨーク 松尾理也)
■インディペンデント(英国)
危険なのは男も女も同じだ
国際報道のベテラン女性記者、英民放チャンネル4のリンジー・ヒルサム氏(52)は19日付の英紙インディペンデントで、戦争や騒乱の第一線の取材で危険なのは男性も女性も変わらないと主張した。ヒルサム氏は1994年にルワンダ虐殺が始まったとき、現場に居合わせた唯一の英語圏ジャーナリストとして知られる。氏は民間団体が調査した女性特派員29人の半数以上が現場で性的暴力を受けたとの結果を引きつつ、「幸運にも私は性的暴力を受けたことがない」と語る。
しかし、報道現場の危険度は増している。92年に殺害されたジャーナリストは55人だったが、2007年には210人にのぼった。
「衛星放送やインターネットの普及に伴い、政府やゲリラが情報をコントロールしようとジャーナリストを標的にしているからだ」という。
先のエジプト政変でも、国営テレビがイスラエルのスパイが欧米の記者を装っていると示唆した後、アレクサンドリアで取材していたヒルサム氏の車が群衆に取り囲まれた。屋根がたたかれ、群衆は首を手で切り落とす動作をして脅したが、エジプト軍によって救出されたという。
「爆弾に身をすくめ、銃弾をかわす。第一線での危険は男も女も同じだ」という氏は中東取材ならではの女性の利点を指摘する。伝統を重んじるイスラム女性は見ず知らずの男性には会わないが、女性特派員ならその種の問題は生じない。
氏は「タハリール広場は歓喜と新時代への約束、革命の複雑さに満ちていた。中東の変革を現場から報じるには危険を伴うが、これは同時代で最も魅力的で重大な出来事なのだ。私たちは第一線にいなければならない。男も女も」と結ぶ。(ロンドン 木村正人)