ポルノ・買春問題研究会
論文資料集10
2010年度の論文資料集10号。詳細はこちらより
 
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図書ライブラリ : フェミニズムと表現の自由


書籍名フェミニズムと表現の自由
出版社Catharine A. MacKinnon(原著), 奥田 暁子(翻訳), 鈴木 みどり(翻訳), 加藤 春恵子(翻訳), 山崎 美佳子(翻訳)
解説  本書は、アメリカのフェミニスト法学者でありラディカル・フェミニズムの第一人者であるキャサリン・マッキノンの講演集である。本書の原題「限定なきフェミニズム」は、リベラリズムやマルクス主義などの思想や基準によって、女性に対する男性の支配が過小評価されたり、フェミニズムが周辺や下位に位置づけられたりするのを拒否するというマッキノンの明確な立場性を表明している。

 マッキノンは、実際に弁護士として何度も法廷闘争を経験しており、また、実践的運動家として、盟友アンドレア・ドウォーキンをはじめとする草の根の活動家とともに女性の地位向上のための多くの闘いに参加してきた。とりわけ70年代には、セクシュアル・ハラスメントを法的に概念化し性差別として禁止する上で中心的役割を果たし、また80年代には、ポルノグラフィの性差別性を明らかにしその法的規制を実現するための運動で指導的役割を果たした。本書は、そうした具体的な闘いの中で行なわれた無数の講演の中から、とくに重要なものを集めて編集されたものである。そこで論じられているのは、レイプ、妊娠中絶、セクシュアル・ハラスメント、ポルノグラフィなどであり、いずれも女性の生(ライフ)に深くかかわる問題であるにもかかわらず、これまで法は――そしてそれを支えてきたリベラリズムは――そうした問題をしばしば歪め見えなくさせるために機能してきた。マッキノンは、これらの問題に対し、現実を変革するための武器としての法という観点からアプローチしている。

   性差別とは何か、平等とは何か

 本書が全体として明らかにしようとしているのは、性差別とは何か、したがって平等とは何か、という根本問題である。伝統的な(リベラルな)法的アプローチにもとづくなら、性差別とは男女の恣意的な区別であり、したがって平等とは男女を同一に扱うことである。このアプローチにおいては、ジェンダーは差異として、すなわち性差として把握されている。これは建前としてジェンダー中立を掲げるが、実際には男性的である。なぜなら、男性が人間一般の基準とされ、女性はその一般の基準とは異なるものとして「差異」づけられるからである。この場合、平等とは、人間一般の基準である男性に女性を合わせることを意味する。だが、女性の持つ明らかな差異のおかげで、男女を同一扱いすることができないときはどうなるのか。その時には、ジェンダー中立原則の例外として、「特別保護原則」が適用される。それは、一般の基準に合わない特殊な存在とされた女性向けの特別基準である。だが、どちらも、男性を人間一般の基準としていることによって、最初から差別が内包されている。この基準に基づくかぎり、女性はただ、男性と同じになることでしか「平等」を獲得することはできない。しかし、平等とは本来、異なるものの平等なので、同一性を前提とする平等は、実際は平等の否定に他ならない。

 マッキノンは、こうしたジェンダー概念を批判する。ジェンダーとは何よりも差異のことではなく、支配と従属を示す概念である。それは一つの階層制(ヒエラルキー)であり、性差はこの階層がとる一形態である。では何がこの階層を作り出すのか。それがセクシュアリティである。他者のセクシュアリティを集団的に搾取し支配するものが「ジェンダーとしての男性」であり、自らのセクシュアリティを他人によって集団的に搾取され支配されるのが「ジェンダーとしての女性」である(注意、この規定は集団的であって個別的ではない。個々の例外でもって否定してはならない)。こうしたジェンダー認識に基づくなら、平等とは、男性を人間一般の基準にして女性を男性にあわせることではなく、この階層制を廃絶すること、あるいは、それに向けた過程に他ならない。

   レイプは単なる暴力か

 マッキノンはこうした基本認識に基づいて、これまでリベラリズムに基づいて裁断されてきたさまざまな問題を根本的に再構成する。本書では多くの問題が取り上げられているが、ここではレイプ、中絶、ポルノグラフィの問題だけを紹介する。

 アメリカのフェミニズムの歴史の中で、「レイプはセックスではなく暴力」であるとする言説が70年代から支配的になってきた。これは、スーザン・ブラウンミラーをはじめとするフェミニスト運動家によって提唱されたものである。これは、セックスであるとされることによって正当化されてきた行為を犯罪として告発するための一つの戦略であり、またレイプの被害者に押されるスティグマを軽減するためのレトリックであった。なぜなら、「暴力」は、支配的男性によっても、けしからぬこととして認知されているからであり、また家父長制文化においては、性犯罪の被害者は恥ずかしい存在であるとみなされてきたからである。だが、この戦略は、セックスと暴力とを機械的に分離することによって、日常の「ノーマル」なセックスを批判できなくなり、またセックスとないまぜになった暴力のもつ特殊に破壊的な性格を過小評価することにつながった。

 ジェンダーの不平等という文脈においては、レイプと普通のセックスとは連続している。両者の間に万里の長城は存在しない。一方を単なる暴力として意味づけ、他方を単なるセックスとして意味づけることは、この連続性の構造を、したがってジェンダーの不平等そのものを不問にすることを意味する。また、それは、被害者のスティグマを真に払拭することにもならない。なぜなら、それは、レイプ被害者たる女性をきわめて特殊な逸脱的暴力行為の被害者とすることで、彼女を特殊に不幸で運の悪い人間とみなしてしまうからである。それは女性の「落ち度」という非難を絶えず誘発する。なぜなら、大多数の女性が陥らないはずの不幸にその女性が特殊に陥ったことになるからである。また、レイプを単なる暴力とみなすことで、その女性の苦しみを過小評価し、あたかも、被害者がそれをたいしたことではないと思い込めばすむ問題であるかのようにみなされる。これは被害者を責める論理に容易に転化する。マッキノンはこうした立場を拒否し、セックスと暴力とが融合しあっている現実に立ち向かうべきであると主張する。

 なお、誤解なきよう言っておくが、マッキノンの立場は(そしてドウォーキンの立場も)、「すべてのセックスはレイプである」という単純なものではない。連続性と同一性とは同じではない。

   中絶の権利――プライバシーか平等か

 これまでアメリカの判例(ロー対ウエィド事件)や主流法学理論においては、中絶権はプライバシーの権利の一つとして正当化されてきた。キリスト教の支配が強固で、中絶権そのものを否定する風潮がなお強いアメリカにおいて、どういう形であれ中絶権を裁判所が法認したことは重要な進歩であった。だが、中絶の問題がジェンダーの平等という観点からではなく、プライバシーというジェンダー中立原則に基づいて扱われたことは、女性の権利を制限することになった。その重大な結果の一つは、中絶にともなう費用の一部を州政府が負担することが私的領域(プライバシー!)への国家の不当な介入として裁判所で否定されたことである。すなわち、中絶の権利はただ、法的に禁止されないというごく消極的な意味で認められたにすぎないのである。

 マッキノンは、プライバシー権としての中絶容認が実際にはジェンダー中立の建前をとった性差別的なものであることを指摘する。支配的男性は、制限なくセックスできる環境を求め、そのセックスから生じる重大な結果から免れるために、中絶権を容認したにすぎないのである。セックスは私的な事柄であり、その結果もまた私的であるから、私的に処理する自由がある、というわけである(日本においても、中絶権はリベラル派によって自由権の一種として正当化されている)。

 マッキノンは、プライバシー権や自由権にもとづいてではなく、平等権にもとづいて中絶の権利を再構成する。なぜそもそも中絶する必要性が生じたのか、それは意にそわぬ妊娠をしたからである。では、なぜ意にそわぬ妊娠をしたのか。それはほとんどの性行為が、女性のコントロール下にない状況のもとで行なわれているからである。男女の権力の不平等は、経済的豊かさや政治的権利の分野において存在するだけでなく、何よりも性行為の分野において存在する。ジェンダーの不平等のもとで行なわれる性行為によって不可避的にもたらされるのが、意にそわぬ妊娠であり、中絶の必要性である(ここでも問題は集合的であって、個々の例外でもって否定されるべきではない)。したがって、中絶の権利を否定することは、このジェンダー・ヒエラルキーから生じた不平等な結果を女性にとってより深刻なものにし、ジェンダーの不平等をより深刻にすることを意味する。女性の平等権を守るためにこそ中絶権は認められなければならない。だが、真の獲得目標は、ジェンダー・ヒエラルキーの廃絶であり、これなしには、意にそわぬ妊娠と中絶の重みはいつまでも女性にのしかかることになる。

   ポルノグラフィ

 平等なき自由は男性が女性のセクシュアリティを支配し搾取する自由に転化する。その最たるものが買売春とポルノグラフィである。マッキノンが本書において最も頁数を割いて批判しているのは、このポルノグラフィである。

 すでに述べたように、ジェンダー・ヒエラルキーは、ある集団が別の集団のセクシュアリティを搾取し支配することによって生じる。だが、セクシュアリティとは何か。その意味を決定するのがポルノグラフィである。ポルノグラフィは、女性の身体を露わにし見せ物にし、従属させ奴隷化し、蹂躙し暴行し、物や動物で貫通し、モノ扱いし、傷つけ縛り上げ殴打するといった諸行為をエロチックなものとして描きだす。それは、男女間の支配と従属をセクシュアルなものとし、また、セクシュアルなものを支配と従属の行為とする。この意味でポルノグラフィは女性の「性的客体化」の制度的実践であり、ジェンダーの不平等を生産し再生産する中心的行為である。

 従来、ポルノグラフィに対しては2つの主要なアプローチがあった。一つは保守派によるもので、ポルノグラフィを健全な性道徳を侵害するものとみなし、ひそかな楽しみとしては是認されても、公に流布されることに抑制を加えようとする。その法的表現がわいせつ物規制法である。もう一つはリベラル派のもので、ポルノグラフィを含むあらゆる表現は自由であるべきであり、ポルノは性的解放になるので進歩的意味をもっていると説く。どちらの立場も男性が女性を支配するそれぞれ特殊な戦略にすぎない。

 マッキノンは、わいせつ物規制法でも自由放任でもない新しい法的アプローチを採用する。それは、人種問題に適用されて大きな成果をあげてきた公民権的アプローチである。マッキノンはドウォーキンとともに、ミネアポリス市の反ポルノ公民権条例を起草し、その中でポルノグラフィを「性的にあからさまな形で女性を従属させるもの」として定義し、それを性差別の制度的実践、女性の公民権の侵害として規定した。そして、ポルノグラフィの出演者および女性一般がポルノグラフィによって受けた被害を訴え、ポルノの差し止めを含む民事的救済を受けられるようにした。これは、国家による刑法ではないので、国家による不当な検閲を誘発しない。

 この法律は議会で通過したが、市長による拒否権によって葬り去られた。インデアナポリス市では市長が署名するところまでこぎつけたが、憲法修正第一条が保障する言論の自由の侵害であるとして反対勢力によって提訴され、連邦最高裁は違憲判決を下した。他の市でも結局成功しなかった。また、この法律を出したことで、マッキノンとドウォーキンはマスコミや支配的男性および一部のフェミニストから袋叩きにあった。それはほとんど魔女狩りの様相さえ呈した。マッキノンはこうした攻撃と果敢に闘い、ポルノグラフィは支配的男性の言論であって、女性の言論の自由を侵害し、女性を沈黙させるものであると反撃した。本書に後半に収められている演説の多くは、この問題に捧げられている。

   本書の不朽の意義

 反ポルノ公民権条例の試みは当面は失敗に終わった。それにもかかわらず、本書およびそこで示された理論のもつ意義はいささかも損なわれていない。本書の意義は大きく言って2つある。1つは、性差別的現実を変革するための具体的な手段として法律を改めて位置づけ、その新しい可能性を示したことである。法はすべてではないが、法を武器として現実変革に取り組むことは、女性の地位向上にとって不可欠である。

 もう1つは、ケイト・ミレットとシュラミス・ファイアーストーンに始まり、ロビン・モーガンやグロリア・スタイネムへと続いていったラディカル・フェミニズムの系譜における最高の理論的到達点を示していることである。セクシュアリティの支配と搾取を基軸としたジェンダー・ヒエラルキーという認識そのものは、ラディカル・フェミニズム全般に共有されているが、その理論的射程やそれのもつ含意が十分汲み尽くされていたわけではなかった。マッキノンはこの仕事を新しい水準へと引き上げた。

 マッキノンを攻撃するために書かれた何十、何百もの論文や著作は、10年後には誰も見向きもしないゴミの山と化しているだろう。だが、マッキノンの理論は百年後にも忘れられることなく、被抑圧者の解放を求めるすべての人々によって学ばれることだろう。
更新2007/10/02 - mrt-s
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