ポルノ・買春問題研究会
論文資料集10
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図書ライブラリ : ポルノグラフィ―女を所有する男たち


書籍名ポルノグラフィ―女を所有する男たち
出版社寺沢 みづほ(翻訳)
解説   ポルノと女性への暴力

 この本は、ポルノグラフィを問題にしている。同時に、女性が身に被りうる、そしてしばしば現実に被る数々の暴力、つまり買売春、近親相姦、レイプ、殴打、暴力、人身売買等を問題にしている。それらは「ポルノと相互に活性化しあっている」(邦訳、32頁)がゆえに、両者はひと組みに論じられなければならない。ポルノは表現の問題ではない。ポルノグラフィは、女性の所有・女性の支配に関わる問題である。だからドウォーキンは、ポルノを問いつつおのずから、「男が女を所有する」男権制社会の広範な問題を、論ずることになる。

 ポルノグラフィそのものについてドウォーキンの議論は、主に「再版に際しての序論」と第6章に見られる。両者を読めば、基本的なそして焦眉のポルノ問題が理解できる。

 ドウォーキンは、ポルノグラフィによる被害者(正確にはその視聴を日常化させた男によってレイプされ、良くてもポルノグラフィをいわば実演すべく強制された被害者たち)の証言とその意味を語る ※。一方、ミネアポリスその他での反ポルノグラフィ公民権条例案とそれをめぐる諸事情について、ポルノグラフィが提示するイデオロギー(ポルノグラフィは女性を、傷つけられる犯されることにオーガズムを感じる存在として提示する)について、そしてポルノグラフィが女性を性的・社会的に男に従属化させるのに寄与している点を語ろうとする(再版に際しての序論)。また、「ポルノグラフィ」の意味(奴隷的立場におかれた娼婦の描写)と、現実とポルノグラフィの内容との一致、ポルノグラフィがセックスの描写だと信じられることの帰結が問題にされている(第6章「ポルノグラフィ」)。

※ むろんポルノグラフィによる被害はより広範である。ことにアダルト・ビデオ制作の過程で、たいへんな(性)暴力が出演女性に加えられることもある(ポルノ・買春問題研究会編『論文・資料集』第2巻『映像と暴力』を参照)。

  男の権力の分析・サド礼賛批判

 けれども、ポルノグラフィに視点をあてつつドウォーキンが主題的に論ずるのは、男権制社会における男の「権力」の分析である。「ポルノを存在させている権力のシステム」と「ポルノグラフィに潜んでいる男の権力」(邦訳、53頁)の分析とが、本書の主要な課題とされている(第1章「権力」。なおドウォーキンの権力分析に関して、杉田聡『男権主義的セクシュアリティ』25-31頁を参照のこと)。そして男の権力は、また男の暴力的傾向が、父親から男の子へと、いかに学習を通じて伝えられるかが分析の対象である(第2章「男と男の子」)。ドメスティック・バイオレンスを体系的に論じたレノア・ウォーカーの『バタード・ウーマン』などを見るにつけ、この着眼の重要さが理解できる。

 また、西欧のみならず日本においてさえ、知識人ことに左翼知識人が、体制に対する自由の体現者として賛美の的としたマルキ・ド・サドが、いかに唾棄すべき暴力の体現者であり、自由に名を借りた女性の虐待者であるかが克明に論じられる。サドの「作品」は文字通りポルノグラフィ(完全な従属者の描写)である。そこでは、女性はまったく無力な存在であり、その存在価値は男に性交されることでしかない。そこに渦巻く激しい女性憎悪と女性器憎悪、そしてサド伝説作りに加担した数々の「知識人」――その事実をドウォーキンは暴く(第3章「サド」)※。

※ ついでだが、今でもサド?知識人の共闘図式は、バクシーシ山下と彼を持ち上げる「知識人」(宮台真司・高橋源一郎・速水由紀子など)に受け継がれている。

  学問の背後にある男中心的価値観

 さらにドウォーキンが暴くのは、作家・科学者・性心理学者とポルノ業者との一致ないし癒着の問題である。すなわち、前者における女性のサディズムの想定とサディスト女性に対する暴力の肯定、男性サディズムの生物学的合理化、人種差別的な性イデオロギー、女性マゾヒズムの想定とレイプ神話、等々に対する批判がそれである。さらに個別的に、有名なキンゼー報告とキンゼー自身の有する男権主義的な性意識が、またゲブハードらキンゼーの弟子たちによる『性犯罪者』における男中心的価値観(男による力の行使の隠蔽、被害者の同意・肯定の一方的想定)などを、ドウォーキンは逐一批判する(第5章「力」)。

 その他、「性的動産」としての女性と性的モノ化、フェティッシュ、フェティシズムとモノ化等に関する分析と批判(第4章「モノ」)、男の性的支配のイデオロギー(それは女性を要するに娼婦とみなす)、右派・左派の男の認識(第7章「娼婦」)、等が本書で論じられている。

  本書の価値

 本書の出版は1979年である。80年代におけるアメリカ合衆国各地での「反ポルノグラフィ公民権条例」制定運動の過程を経て、1989年に前記の序論を付した再版が出されている。いまだかつて、ポルノグラフィがもつ問題をこれほど広範な視点から論じた書物はない。とくにケイト・ミレットの『性の政治』(1970年)を受け継ぎ、性(sex)を媒介にして性(gender)的階層制が形成・ 維持される点を、より詳細に、かつ男権制社会の内部構造に立ち至って論じている点が、特筆されよう。

 以上に簡単に本書の内容にふれたが、その実それぞれの節では多様な論点が提示されている。われわれはまだこれらを十分に咀嚼(そしゃく)し、それぞれの問題に対応できているとはとうてい言えない。ドウォーキンの問題提起を、日本社会に生かす努力が求められている。
更新2007/11/14 - mrt-s
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